自由のひろば選(2021-08)

自由のひろば選(2021-08)

●自由のひろば

あの夏のこと  三村あきら

冷たいものを控えるよう医者にいわれた
生ビールの飲みすぎか腹をだして寝たからか
仕事を終れば炎暑のなかのたまり水
渇きは欲望に負けてしまう

腹巻きしてホットコーヒーを飲みながら
炎暑の甍を見ていると思いだす
撃ちてしやまん 松根を掘った
あの夏の汗は塩辛かった

松根を荷車で運び出し
駄賃で買うた氷菓子は冷たかった
冷蔵庫はない英語は禁止のころ
アイスキャンデーは甘かった

松根油で飛行機を飛ばし
竹槍で敵を刺し殺す
本気で教わったあの夏のこと
孫に話したら漫画だと笑われた

 

 

 

●選評

都月次郎
戦争を体験した人にとってあの夏といえば、昭和二十年敗戦の夏。指導者達には比べようもないほどの戦力の差が見えていたはずなのに松根油、竹槍、風船爆弾などの精神主義の亡霊に民衆は追われていた。今の若者には虚構のような漫画の世界にしか見えないだろう。したたる汗とアイスキャンデーの冷たい甘さがリアルに感じられる。

おおむらたかじ
「冷たいものを控えるように医者にいわれた」とさりげなく書き始まる「あの夏の日のこと」。
飲み過ぎか冷えか、腹をこわした夏。甍をみながら思い出す。
松根を掘ったこと、甘かったアイスキャンデー。終連、「松根油で飛行機を飛ばし、竹槍で敵を刺し殺す」。
孫は漫画と笑ったけれど、伝えねばならぬあの夏を思う。力むことなく、分りやすい語り口がいいですね。

草野信子
現在のご自身の描き方。詩行のなかに「撃ちてしやまん」というフレーズを置いた位置。「本気で教わった」という言葉。簡潔で適切な表現が、素朴な鉛筆画のような印象を残す一編です。同時に、その過不足のない描写が、三村さんの抱く哀切を確かに伝える一編です。〈反戦〉と評すると何かを取りこぼしてしまいそうな気がして、そう記すのを迷っています。

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