自由のひろば選(2021.9)

自由のひろば選(2021.9)

風のさかな   ななかまど

雨が過ぎて
ベランダに洗濯物を干す。
影が部屋中を踊る
ぶわり。ふわり。バサリ、バサバサ。
風の中を泳ぐさかなのよう。

とりわけ大きなさかなは
新婚の頃造ったアロハシャツ。
覚えたてのミシンで造ったそれは
ベランダを自由自在に泳ぐ。

ながいことたんすの肥やしだった。

信号待ちで呼びとめられ
「手造りでしょう?」と言われた。
もう仕立て方も忘れたけれど。

なにかが残っています。
いまのわたしにささやいています。
「わたしがわたしであること」を
おしえてくれています。

誰かのコトバを貰って生きています。
生きていきます。
ちゃんと生きていきます。

夏をまえに
しわくちゃのアロハシャツに
少しだけアイロンをあててみる。
また ベランダを泳いでおくれ。
風のさかなのように。

 

 

●選評

選評=おおむらたかじ
風のなかのさかなのように風を泳ぐものたち、私の洗濯物。その一つの大きなさかな、アロハシャツ。仕立て方も忘れたが、何かが残っている、という四連。「わたしがわたしであることをおしえてくれています」という。いいですね。そして五連の決意。終連でしわくちゃのアロハシャツに少しだけアイロンをあててみる。
語りかけるささやかな願い。

 

選評=草野信子
長い年月着ることのなかった手作りのアロハシャツを、新しい夏に着て見ようと思う。そう書くことで「わたしであること」を胸に、「ちゃんと生きていく」という意志を表現しています。ななかまどさんの詩は、説明的な叙述を避けながらも、選ばれた言葉で心情を確かに手渡してくれます。本作では「風のさかな」という言葉がもっているイメージの新鮮さ、おおらかさ、によって、読者に、詩を読むよろこびも手渡してくれました。

 

選評=都月次郎
具体的なことは何も言っていないのだが、雨上がりの空と、部屋の中で踊る洗濯物の影が鮮明に描き出されて爽快感がある。手作りのアロハシャツはお揃いのものだったのかもしれない。しまい込んでいた想い出を洗い上げ、アイロンを当てることで、もう一度歩き始めるやわらかな決意が見えてくる。少ない言葉で多くの想いを語っている。

コメントは受け付けていません。