第42回(2008) 詩部門佳作入選 青木美保子

第42回(2008) 詩部門佳作入選 青木美保子

詩部門佳作入選 青木美保子

岐阜市在住。詩、俳句、エッセイを書く。詩誌「花」、「あるる」同人。


受賞のことば

老親の最終章を共に歩き、別れを告げるとき満ち足りた心で旅立てるようにと願い、悔いのない介護を続けて十年。
生ききるという密度の濃い時間をくれて二人は相次いで逝きました。
この度、老親が私に書かせてくれた詩が賞をいただき大変うれしく思います。
ありがとうございました。


母の繭  青木 美保子
蚕が成長して繭を作りはじめる時

一切 食べなくなるように

母も ひと月前から食べなくなった

ひとつずつ背負ってきた荷物をおろし

一枚また一枚と人の皮を脱いで

軽くなった身ひとつを

透明な糸で包もうとしている

 

ココハ ドコノ オウチ

オカアサンノ トコロヘ イク

フルサトノ ヤマガ ミエル

コウチョウセンセイニ シカラレル

 

くずれそうな体から

しぼり出す ひからびた声

遠くなつかしい あの日々へ

回りはじめた記憶のらせん

 

蚕が いよいよ糸をはくとき

体が透けてくるように

母も五月のまぶしい空に透けてきた

細い母の手をそっと取る

指先につたわるかすかなふるえ

私は目を閉じて母の風景の中に入る

 

骨の透ける足の点滴の先がにじんできた

とおい声にうながされて

透明な糸をはきはじめた母は

やがて だれの声も届かない

繭の中に閉じこもる

宇宙に生まれるために

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