第42回(2008) 総評・選評

第42回(2008) 総評・選評

総評

暗い時代にこそ詩の力を  田上悦子

今年度の詩人会議新人賞は第四二回目を迎えます。詩部門六四五篇、評論部門一一篇、昨年を越える応募数でしたが、質の高さはやや低迷気味。読み手の心に迫る作品が多くなかったのを不思議に思います。若い世代の職業はフリーターと記されたものも多く、深刻な閉塞状況が深まるばかりの世相も反映されているのでしょうか。常連の方たちも本来の力が出し切れておらず、選外になったのは意外でした。しかしながら選者各位によって推したい作品が数十篇あった事をお伝えします。また幼いからこそ描ける自由な発想と純粋な感性、やさしさ、率直な眼差しを感じさせるジュニアの詩篇も数篇あり、次代を担う、子どもの力が詩の中に見え、頼もしく思いました。
結果前掲の詩部門三名と評論部門一名の入選及び佳作者が決定となった次第です。
入選の鮮一孝さん「竹の声を聴く」は、季節と屋敷の情景を背景に、切り出されてから燃やされるまでの竹と、それに係わる爺の様子が読み進めるに従って次々と五感に染み通り、生命の営みと深い思惟を竹の声に収斂させた叙情豊かな描写でした。
佳作一席の玄原冬子さん「こんぺいとう」は、心寄せ合って暮らした姉妹の幼い日々を共有する喜びと喪失感をやさしいひらがな表記で呟くようにうたいあげています。厳しい現実が見え隠れしており読み手の心に迫るものがありました。
佳作二席の青木美保子さん「母の繭」は、一定のリズムに言葉が寄り添ってしまう危うさが少しありますが、情に流れる事なく、生の終焉を繭作りに形象化させた表現見事でした。
佳作とはいえ評論部門受賞者出現は久々の喜び。小野絵里華さんの「詩に見る〈日本身体〉の変容」です。字数制限と内容の深さとその展開が折り合わずやや尻搾りに終りましたが、一つの時代に生きる詩人の言葉を「日本身体」というテーマに絞り込んで論ずる着目点は興味深く読み応えがありました。今後の活躍が期待される評論です。


選評

豊穣な内的世界 青木春菜

「竹の声を聴く」はくっきりとした輪郭の作品で、積み重なってきた時間の濃さと重みが、清冽な声のように空気を震わせる。作業する爺と切り出された竹のたたずまいが重なる。
「こんぺいとう」の繊細な感性。小さなひと粒ひと粒に、深い空間が広がる。〝いもうと〟への思いを包み込んで星のかたちのとめぐになったこんぺいとうが、空の片隅で光っているかもしれない。
「母の繭」に共感。混濁した意識の母親を、繭を作る蚕になぞらえた描き方に、暖かい視線を感じる。終連は再生への余韻。
今回は自身の作品世界をしっかり持っている方々の受賞だったと思う。


静かに深くみつめて  菊地てるみ

形が整っているだけの作品が多かった中で、「竹の声を聴く」鮮一孝は、籬になるか箒にされるかを待つ竹と、用済みになった竹を囲炉裏にくべる翁との魂の交感を描き出し、素直に共感できる。「こんぺいとう」玄原冬子は、ひらがなと古風な言葉で幻想的に深い哀しみを美しく表現していて、心に沁みる。「母の繭」青木美保子の、蚕が繭を作るように少しずつ彼岸に渡って行く母御の様子もせつない。丁寧な書き方も好感が持てる。
文月悠光「青いレモン」、りょう城「にほん足」など佳品だったが、新鮮さに欠けた。安里集「少女だった頃」、大輪省伍「冬の風」、溝口愛子「氾濫分離室」の題材や視点に魅かれた。


創造の新しい息吹き  佐藤文夫

入選作「竹の声を聴く」は新しく切りだされた竹だけではなく、風雪に耐え、役目を終えて囲炉裏で燃やされる籬にまで目をそそぎ、耳を傾けて書かれた作品です。そこから聞えてくる竹の声、そこにかぶさる喜怒哀楽こもごもの人生が、いみじくも浮かびあがってくる。とてもいい味わいです。「こんぺいとう」は、終連にこの作者のもつ勁い叙情が特徴的に表現されていると思いました。「母の繭」は、繭をとおして透けてみえてくる、母への切ない思いが強く伝わってきます。小野さんの評論は、朔太郎と光晴の上海への対峙の相違が、それぞれの身体論をもって語られている点、そこから詩と近代を引きだした視点が評価されました。


現在を照らす身体論  柴田三吉

作品部門で私は、鮮さん、竹井さん、文月さんを推しましたが、後者の若い二人は納得を得られませんでした。入選となった「竹の声を聴く」は、前半やや冗漫と思えるものの、後半になると、古い竹にこもった声がじかに聴こえてきて耳を傾けさせられました。佳作の玄原さんは、金平糖に心を寄せて姉妹の心理が細やかに描かれています。また青木さんも蚕の生態を喩として、人の老いを目に見えるようにしてくれています。評論部門の小野さん。文章が硬く、不必要な引用が多いという指摘もありましたが、「日本身体」という造語を軸に、萩原朔太郎と金子光晴を対比した後半は説得力があり、現在を照らす身体論となっていました。


写実性の重視  鈴木太郎

全体の印象では、社会的な、たとえば「格差と貧困」などのテーマ性の強い作品は少なく、自己の内面を表層的に見つめた作品が多かったようです。
入選の鮮一孝さんの「竹の声を聴く」は、切り出された「竹」と、その竹を道具に作り変える「爺」との思考が、写実的によく描かれています。
佳作の玄原冬子さん「こんぺいとう」は、ひらがなで書かれた、やさしいことばの響きが鮮明で、気持ちよくさせてくれます。青木美保子さん「母の繭」は、繭の比喩と母の姿がていねいに描かれていて、心に沁みてくる作品です。
選外では、若い感性が息づいていた倉木緑さん「夢探し」、榊原悠紀さん「時を駆ける」なども印象的でした。


距離と忍耐を  中村明美

詩をことばで書けると思ってはいけない。言いたいことがある間は詩を書かないことだ。詩に必要なのは時間的な距離であり、それに至る忍耐である。饒舌な詩ほど詩からは遠くなる。
玄原冬子「こんぺいとう」を入選に推した。現実の姉妹とも、自分の内面にある姉妹とも読める。ひとに内在する表裏一体の姉と妹である。ひらがなが効果的だ。青木美保子「母の繭」は死に対する時間的な距離が、読む者を深く解放する。鮮一孝「竹の声を聴く」はことばの使い方に若干の違和感があった。同連にことばの粘性と動性が混同している。小野絵里華の評論は着眼点はいい。しかし全体的にまだ書き切れていない。将来性に期待する。

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