第40回(2006) 総評・選評

第40回(2006) 総評・選評

総評 葵生川玲 世界の息吹が伝わってくる

第40回詩人会議新人賞の応募は、昨年567名から増えて640名となり、評論九名となった。応募作品の年代別内訳(記載者)は、10代・79名、20代・132名、30代134・名、40代・97名、50代・88名、60代・59名、70代・34名となり、10代から30代までが55・1%と過半数を越え、新人賞の性格上、望ましい傾向と言えよう。また、外国からの応募も4編あり、インターネットを通しての応募が急速に増えてきたのも、時代の波を浴びている感じがした。
第一次選考の作業には、選考委員のほかに、青井耿子、青木春菜、荒波剛、菊地てるみ、はなすみまこと、樋野修、美異亜の7名が加わった。
第一次選考通過作品は、120編、評論部門は、2編。詩部門の第二次通過、74編。第三次通過、33編。第四次通過、21編。第五次通過11編の中から、六次最終選考で入選は、おぎぜんた「ノー!」に、佳作第一席には、今岡貴江「てのひら」、第二席には、坪井大紀「エントリーシート」に決った。おぎさんは54歳で02年から本格的に詩作を始めたという方ですが、ケニアの国際農業研究機関の研究員として赴任されており、現地発の熱い想いとリズムが「ノー!」の否定の叫びを通して、先進国と呼ばれる国々の欺瞞を暴きだし、本当の願いを伝えてくれている。佳作の、今岡さんは32歳、03年度の「自由のひろば」年間最優秀作品賞を受けた方で、この作品は母子の子育てから生まれる心の震えを、拡がりのなかに捉えている。同じく佳作の坪井さんは35歳、現代の激しい競争社会の現状と傷ついた心に映った、心象の花に託した思いを優しく作品化している。その他、第五次まで残った作品の中で、それぞれ評価があり印象に残ったのが、葛原りょう「ネズミ」、宮下誠「高い所のこの国の標識」、堀田郁子「トマト煮」、でみんぐ「あばちゃん」、野田惠子「子守っこ」の各作品でした。
評論部門は、2編が第一次通過でしたが、感想風であったり、現代との関わりが薄いなど読む者に迫ってくるものが少なかったのが残念でした。


選評

時代に必要な言葉  赤木比佐江

おぎぜんたさんの「ノー!」は多様です。笑って、酔って、ポリスから逃げて、女の子が泣いて、マリファナを吸いながら…のノー。ノーと言わないマラヤの無言が悲しみをそそります。ケニアを描いていますが戦争・金権・環境破壊・企業の横暴、この言葉「ノー!」が今の時代に強く訴えかけます。
今岡貴江さん「てのひら」は安定が恐いとてのひらからすり抜けていくわが子への思い。母の心が巧みに表現。
「エントリーシート」坪井大紀さん道端で何度も轢かれている白い花。それを両手で川に流す。仕事が決まらない鈍色の日々の作者の心と重なる。
他に工藤遥平さん、葛原りょうさん、堀田郁子さんも良かった。


新しい力  秋村 宏

おぎぜんたさんの「ノー!」にある荒々しいエネルギーは、いまの詩に不足しているものだ。貧困のなかにあるアフリカの社会、人間をみつめたところから湧きでた力は、外側からではなく、内側からのものであり、そこに希望がみえる。
今岡貴江さんの「てのひら」は、若い母親としての初々しいおもいがでている。子どもを異なる個としてみ、ともに生命の意味を感じようとする〝ふるえ〟も伝わってくる。
坪井大紀さんの「エントリーシート」は、失業者の意識を白い花に托して表現し、リアリティーがある。
ほかに式たかお、小作久美子、でみんぐ、中村紗帆のみなさんに惹かれた。


三様の作品  渋谷 卓男

おぎぜんたさんの「ノー!」は、荒削りながら勢いとリズムを感じさせる作品でした。詩は求心力で書かれるものがほとんどですが、この作品は強い遠心力を持っています。アフリカの悲惨な現状を踏まえながらも、単に手を差し伸べようとするのではなく、彼らの中にこそ希望を見出そうとする、そのまなざしの確かさに惹かれました。
今岡貴江さんの「てのひら」は、光を感じさせる作品です。それは生命が持つ本源的な光であり、子供を産み育てるという個を超える営みを通して、作者が手にしたものでしょう。
坪井大紀さんの「エントリーシート」は、言葉を刈り込めばさらに良い作品になるでしょう。タイトルも再考を。


作品というオトシマエ  高鶴 礼子

おぎぜんた「ノー!」には赤道直下に鳴り響く音楽のような、昂揚とたくましさを感じた。向日性の混沌と混乱、猥雑さが刻み出すリズムは作者がリアルタイムで呼吸しているアフリカそのものであろう。
今岡貴江「てのひら」は《ゆらぎ》が魅力的。終行も効いている。ただし、*などの用い方については一考の余地ありか。
坪井大紀「エントリーシート」は手馴れた作品。終連の爽やかさに惹かれる。
以上に加え、工藤遥平の不思議な言語空間、SATSUKI・Kの毒、南徳英の真が心に響いた。
作品は書き手が自分の生き様につけるオトシマエである。向き合うことを辞さない勇気と、検証を自己に課し続ける誠実さを肝に銘じたい。


言葉が走るとき  都月 次郎

おぎぜんた氏「ノー!」は、アフリカの苦悩を鋭く描いた。「誰もがお前たちの望む黒人に/なりたいわけじゃない」という言葉が光っていた。
坪井大紀氏「エントリーシート」も日本の現実を見事に切り取った作品。労働の哀しみと失業の侘しさが、雨上がりの街に、美しい音楽のように流れている。


心を惹かれた詩三篇  南浜伊作

おぎぜんた「ノー!」には強い意志表示があり、あらゆる押しつけを拒み、自力で主体的に生き、生きようとする人びとの生命の躍動感が感じられる。魂の叫びや要求に共感する作者の詩がある。それが魅力であった。
今岡貴江「てのひら」には、たくさん学び身につけてきたようで、実はほんの僅かな智恵や暮し方、それと引きかえに失ったものも多いことをわが子を見ていて思い知らされる若々しい母親のやさしさがあった。
坪井大紀「エントリーシート」は、蹂躙される小さな生命へのいつくしみが沁みとおってくる。
今年も評論は入賞作が出なかった。王維論に心動かされたが、読者への配慮がなさすぎた。

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