2021年10月号
うえじょう晶 庶民の歴史
佐々木洋一 開拓地
杉本一男 海を埋めて
柴田三吉 領分
安仁屋眞昭 土地
大塚史朗 住居談
池田久雄 安普請
松田研之 小詩片
山口賢 私たちが住む土地は
大西はな 生きられる
斗沢テルオ 一畝の土地が教えてくれたこと
坂杜宇 廃家
おおむらたかじ コスモスが歩いている秋
あべふみこ 執念
妹背たかし 築十年
青木みつお 風車のある国
河合恒生 アントロポセン
中林千代子 この地のつぶやき
山田よう 足立の家
志田昌教 老人の住む家
赤木比佐江 誰もいない家
上山雪香 夜の故郷
床嶋まちこ 生誕地
御供文範 けんこう坂にある空き家
飯泉昌子 ステイホーム
いわじろう でぃほーむ・ほのぼの
はなすみまこと 晴天
照井良平 渡り鳥
田辺修 不動産
熊井三郎 影がうごいた
菅原健三郎 6本柱の風景
呉屋比呂志 仮の宿
上野崇之 教師は地域に生きる
中正勇 未来
小泉克弥 それでも人々は生きる
千葉昌秋 八月、なぎさの声
水衣糸 松代の地に
野口やよい かに山
いだ・むつつぎ 笹竹の荒地につゝじの花が咲く
土地は誰のものか 宇宿一成
六甲山腹の自治会 彼末れい子
南大塚界隈 南浜伊作
沖縄の基地問題を考える――オンライン学習のつどいを終えて 天野康幸
シロタ ゴードン タワー と憲法の合唱曲 芝憲子
今の現実をどう表現するか 芝原靖 浜本はつえ 横田重明
論考 外国だのみの食料(下) 光谷公男
解題 反戦詩画人・四國五郎未完の『戦争詩』 四國光
佐藤一恵/ひらたひろお/大野美波/髙橋宗司/坂田敬子/立会川二郎/有原悠二/三村あきら
井戸 渋谷卓男
更地に水が湧いている
それはちょうど
勝手口を出たあたり
からころと木のサンダルを鳴らして
家族が朝夕出入りしたところ
家屋番号 東京都品川區大井水神町弐〇八六番
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建 居宅壱棟
祖父が建てた家
父が育った家
私が生まれ そして手放した家
戸を開けると
八手と無花果の木
板塀に囲われた庭にも
夏になると揚羽蝶が迷い込んだ
そんな日々の足元に
私たちの家は七十年ものあいだ隠していたのだ
見知らぬ人々が汲んだ水を
遮るもののなくなった空の下
井戸はつかのま遠い時間を湛えている
暗く澄んだ水面のむこうに
釣瓶を引き上げる白い手が浮かぶ
●特集エッセイ
土地は誰のものか 宇宿一成
雨の降り続くある日、突然土石流が町を襲った。盛土が原因だったと言われている、先日の熱海市伊豆山の惨事である。かつてそこを所有していた業者が、繰り返し行われた行政指導にもかかわらず、十分な対策を取らないまま土砂搬入を続けたものらしい。自分の土地なのだからどう使おうと勝手、というような独善的な考えが透けて見えるようだ。
コロナ禍以降、超低山を歩くことが趣味の一つになった。春にはいろいろな野鳥を見た。落葉の散り敷いた歩道にはナミハンミョウが跳ねている。遊歩道わきの藪には、七月、野シランが白い蕾をつけ、マムシグサの根元に天南星の緑の実が膨らんでいる。湧き水の出る石崖には、黒いアゲハチョウが水を飲みに集まっている。尾の青い蜥蜴がいるぞと見ていると、崖の僅かな裂け目に消えていく。イヌビワが鈴生りに実り、イシガキチョウやシジミチョウが低い所を飛ぶ。虫や鳥や植物のものだな、山は。と思う。季節によって訪れては去り、わずかな命の時間をこの地で過ごして去って行くもの達だ。
土地を所有するという観念は人だけが持つ感覚だろう。所有者は年老いて、病に伏しあるいは死んでも、その人の土地や家は残っている。誰かの物としての土地には、他人は立ち入れないから、私の住む郊外の町にも、廃屋や手入れされないまま放置された草深い区画が少なくない。自然にはきっと所有という概念はない。
盛土が崩れるとその所有者の領域ばかりが損なわれるのではないし、原発事故が起これば、原発の敷地をはるかに超えた災害が起こる。起こりうると危惧されるさまざまな災害に対しては所有者が責任を持って対策をとらなければならないはずだ。
自然に属するものを所有するというのは厄介で面倒なことだと思う。土地は誰かによって所有されるのではなく、そこを使う誰かに対して貸し出されるものであればもっと気楽に生きられるのになあと感じている。
妻と散策する城山の小道で、葉先で安らうサツマニシキという美しい蛾を見た。あなたたちの山を、歩かせてもらっている。
●編集手帳