2019年10月号 特集 歩く 走る 飛ぶ
●詩作品
迷ったときは 柴田三吉
太陽を背にしているときは岬に
正面に見えるときは
船着き場に向かっています
スマホ片手の旅人たちへ
シンプルな注意書き
迷ったときは太陽が目安と
珊瑚樹の葉みたいな細長い島
洟をたらした子どもでさえ
神さまの通り道を知っているから
標識なんてものも必要ない
この世を発つときも
太陽が昇る方角を目指せば
迷うことなくニラーに辿り着き
懐かしいご先祖さまに会えるのさ
ソバの器を下げながらお婆ぁは
うたうような舌で
旅人たちに語りかける
地獄のない来世はいいね
悪い虫が湧いても海に流せばいいさ
ひたいを上げて森の精霊たちを
見ていきなさいと
迷ったときは太陽が目安
曇っているときは
とは書かれていない
*ニラー ニライカナイ・楽土
●編集手帳
☆今月の特集は「歩く 走る 跳ぶ」です。私たちはどんな歩き方をし、それはどんな生きかたなのでしょう。
☆三浦健治さんの「明治・大正・昭和詩史」は、今号で一区切りとなります。二〇一七年10月号から始まった論評は、わが国の詩の歴史を見直す力をもっています。今号の初代運営委員長・壺井繁治の戦争協力の詩にしても、私たちが学び、考えなければならない問題を、深く、重く、多く持っています。なお、戦後の詩については、一定の期間をおいてのち、書いていただけるのでは、と思います。
☆愛知県開催の「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が、開催わずか3日で中止に追い込まれました。同展には、日本軍隊の「慰安婦」を象徴する〝平和の少女像〟ほかがありましたが、名古屋市長、大阪市長、官房長官などの圧力的な発言によるもので、表現の自由をふみにじるものです。多様な表現があることによって芸術は豊かになるのです。〝検閲〟を感じさせる行為は許せません。(秋村宏)