第45回(2011) 詩部門佳作入選 水月りら

第45回(2011) 詩部門佳作入選 水月りら

詩部門佳作入選 水月りら

京都府生まれ。詩誌「POマガジン」「呼吸」京都府舞鶴市在住。


受賞のことば

「エジソンのシンバル」は、ADHD(注意欠陥多動性障害)の子どもとその母の子育ての苦労を書いたものです。ADHDとは、黒柳徹子さんの『窓際のトットちゃん』のような子どもたちのことです。セルフコントロール能力の成長が著しく遅れるために、「不注意」「他動性」などの症状が表れます。しかし、周囲からは理解を得ることは難しく協調性のない人と評価されてしまいます。ADHDの特徴を理解した接し方により、その子ども達は「ひとつのことに集中できない」から「ひらめき」が生まれ、衝動性は実行力としていかすことができます。この作品により、多くの方にADHDを理解いただけると共に、そのような子ども達の「ひらめき」が煌くことを心より願っています。わたし自身がADHDです。まさかの賞をいただき、支えてくださった多くの方々に深く感謝いたします。


エジソンのシンバル  水月 りら

ユウヤがシンバルを叩いている
学芸会の広い体育館に響いている
スリーテンポ遅れても平気なユウヤが
ワンテンポの遅れもなく
笛のハーモニーをリードしていた

グランドを駆けまわるボールを横目に
ユウヤはしゃがんで砂遊び
鏡の中の異次元少年になっていく
鏡の中なら 右手をあげる誰かに
左手をあげていても 誰もユウヤを叱らない
だけど 叱られなかったら
おなかが満たされるわけでもなく
ユウヤは四角い画用紙が退屈になってしまう

腰かけるのが苦手なユウヤは
仔猫のようにプールを囲う金網をよじ登る
プールの水面がたゆたう鏡面に
見えたユウヤは水になろうとして
飛び降りたプールサイド
先生は慌てふためいて追いかける
山火事を消火器で消そうとしているから
誰にもユウヤのほんとうは掴めない
「命に関わることですからね」
先生の辛辣な台詞に
母は生んだ自分を責めていた
校舎の裏庭に穴を掘り土になろうとした
子どもの頃を母は思い出す

集団に馴染めなかったエジソンは
その母に支えられ導かれ
ひらめきは開花したという

ひとり影踏みをするユウヤの背に
なんどもなんども語る母
本は本棚に、靴は靴箱に、と
イメージが描ける言葉をえらぶ
途切れる集中力にマス目をはみ出す文字
一文字の「はね」と「はらい」は
息抜きのお昼寝のようねと
冗談まじえて書く練習
友達と衝突したときの経緯には
共感覚を研ぎ澄まし
水の音を聴いて 水の色を観るように
ユウヤの言葉に耳を傾ける

いくつものハードルを飛び越えて
「ぼく、これができたよ」と
ユウヤから自慢話を聞ける日のために
ハンディをチャンスにつなごうと
万華鏡のまわる模様のように姿を変えて
母はユウヤに寄りそった

アンテナが伸び始めたユウヤは
自分以外のカラーの存在が見えてくる
鳥が切り株に落とした種が宿り
そこから伸びる芽のような母の願いは
異なるもの同士が分かり合い
成長する繋がりを空の果てまで届けること

卒業前の学芸会
ユウヤはシンバルを叩いていた
ゼンマイ仕掛けの人形なんかじゃなくて
空を翻るジェットコースターのように
クラスの仲間と音楽を駆け抜け
笑ってリズムになっていた

「ユウヤ君、大役果たしてるね!」
となりで見ていたトモキの母親が
ユウヤの母親に思わず声をかけていた
その言葉に返事もできないくらい
ユウヤの母は目頭が熱くなる
こらえ切れずこぼれ落ちた涙が
花柄のハンカチに沁みていた
あざやかに
まるで 花が
生きていたかのように

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