第45回(2011) 詩部門佳作入選 倉原ヒロ

第45回(2011) 詩部門佳作入選 倉原ヒロ

詩部門佳作入選 倉原ヒロ

1966年島根県生まれ。現在岡山県にて父母とともに酪農・肉牛生産を営む。
「北の詩人会議」所属。


受賞のことば

ふと伯父のことを思い出し、出荷した牛のこともからめて詩にしてみました。四苦八苦の創作で、拙いと思いながらも何とかまとめることができました。
作品を応募した後、奇しくも母方の実家から古いアルバムが送られてきました。そこに若い頃の伯父のにこやかな顔がありました。見たことのない表情に、伯父の一生とは何だったのだろうかとつくづく考えさせられました。確かな答えはいまだ見出せませんが、生ける者への問いかけとして、これからも背負っていくと思います。
ともあれ選んでいただきありがとうございました。この詩を読まれて、少しでも感じ入ることがあれば幸いです。


肉塊  倉臼ヒロ

日米開戦直後の
朝鮮の寒空の校庭
全校生徒整列の中に伯父はいた
校長の長い訓辞は
寒さに耐える少年に
むなくその悪さだけを残した

伯父のさりげないフラッシュバックを
漫然と受けたわたしは
ずいぶん年月がたってから母に話した
敗戦後の逃避行を
ともにした妹である母
はじめて聞いたと目をまるくしていた

苦労を背負う人だった
農場の共同経営のはざまにふるえ
酒に愚痴していきりたち
胃をなくし 糖尿病になっても
のまずにはいられなかった

煙草の吸殻の詰まった空缶が倒れて
青白くしぼんだ顔
痰を吐き出せず静かに逝った

そして
吊りさげられ
並ばされていたのは
皮も頭も四肢も臓物も除かれた
かつて牛と呼ばれた
白いはだかのいくつもの肉塊
凍えたこの部屋で微動だにしない

列の端に三日前に運ばれた我が牛
業者の人が示さなかったら気付かなかった
この子にはじめて会ったのは
二十六ヶ月前 羊水まみれだった
母が哺乳瓶を口に入れると
舌をすぼめて吸いこんでいた
そんな面影も取りはらわれ
早く終わってほしいと待っている

あばらの切れ口の肉断面の
霜降り模様がこの子の一生
相場の通りに値が決められ
薄い伝票をもらった

帰って父に見せると
不機嫌な顔になった

哺乳している母に話すと
あの子がそれぐらいかと嘆息した

(もうときはなってくれ)

自分より大きな荷物をかついで
港へ逃げていった少年が
一瞬にして老いぼれの肉塊となった叫びを
父も母もわたしも
遠い時の空耳にしていた

乳の音もいつしか絶えて
いまだ求める子牛は
体をふるわせている
手を差しのべると
消えゆく面影から
現れる顔
まっすぐ見つめている

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