第38回(2004) 詩部門入選 美和 澪

第38回(2004) 詩部門入選 美和 澪

詩部門入選
美和 澪
1928年 愛知県生まれ。


受賞のことば

この度思いがけなく受賞の通知をいただきしばらくは呆然といたしました。詩にかかわり始めて二〇年余、幾度も逡巡と挫折を繰り返しながら、性懲りもなくと申しますか、結局これしかないという拘りで貧しい、詩の畑を耕してまいりました。

新人賞に該当するにはいささか、薹がたちすぎ面映い気も致しますが、これを励みに詩の芽を育ててゆきたいと思っています。ありがとうございました。


つづれさせ こおろぎ   美和 澪

亡母の着ていた

紗の着物をほぐす

糸端を引くと

軽い拮抗でしわみながら

物の象を解いてゆく

だが

五十余年も経つというのに

鋭い爪をたてたような

箆のあとがくっきり

布目に鋏をいれると

ほほうー

ははの饐えるような

口臭が鼻孔にのぼる

 

遠いむかし

ははが父に嫁ぐ日

締めたであろう袋帯は

旅芝居の衣裳係だと

いう男が二千円で

買いとっていた

数少ない遺品のひと品であった

あなたが旅立つと

わかっていたならば

一生一度の晴着姿を

カメラにおさめて

飾りたかったが

仏間の遺影は

いつもの普段着

洗いざらしの

べんけい縞の単衣で

ちょっと笑っている

 

ははを抱いて

リホームしたスーツで

鏡の前に立ったとき

ひときわ高い

こおろぎの声を聞く

(つづれさせ・ぼっこさせ)*

 

それは貧しい暮らしの中で

つづれをさして

家族たちの寒さに備えた

ははの声かとまがう

余韻で私の胸にこたえた

 

*ぼろの衣服

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