第53回(2019) 総評と選評
●総評
理屈を超えた批評と共感 柴田三吉
第53回詩人会議新人賞は、別記のとおり、詩部門の入選作一編、佳作三篇を選出しました。評論部門は検討の結果、入賞作なしという結果になりました。
今年の傾向としては、沖縄の辺野古新基地建設、福島の原発事故問題をはじめ、民主主義を破壊する政治への批判が多く見られました。また高齢化社会における老いの厳しさ、若い世代の生きづらさを描いた作品も多く見られました。それらに込められた作者の主張、思いはたいへん貴重で、胸を打つ言葉に満ちていました。
入選作、広瀬心二郎さんの「トヨばあ」は、沖縄で暮らす九十歳のおばあさんの心の内を、柔らかい言葉で掬い取って深い感銘があります。長い歳月が培ってきた自然への感謝に、いまも変わらない「イクサ」の歴史が重ねられていて、理屈を超えた批評、共感がありました。「トヨばあ」の惑いに寄り添いつつ、生のよろこびに導いていくラストが素晴らしいです。
佳作一席、興村俊郎さん「海岸通り」は、湾に収まりきれない鯨が打ち上げられたという設定で、文明批評的寓意があります。一旦打ち上げられたものは押し戻せない。それは人間の営みが破壊される未来図とも読め、現在を振り返らせる虚構の力がありました。
佳作二席、上岡ひとみさん「母の眉墨」は、ちびた芯から若い日の母親を思い出す。マッチ棒を眉墨がわりにして化粧をしていたという場面が秀逸でした。四連目に、不用意な理屈を出してしまったことが惜しまれます。
佳作三席、武村三幸さん「秋刀魚の丸干し」は、子どもの頃から好物だった秋刀魚の丸干しへの賛歌です。家族に疎まれながらも毎年つくり続けるのは、漁師だった父を思い出してのことでもある。焼き立ての匂いが漂ってくる描写が魅力です。
評論部門では山川茂さんの「長田弘と『言葉』についての小論」に議論が集中しました。長田の詩と、言葉についての考えがうまく構成されていますが、引用に寄りかかりすぎて筆者の批評が前面に出てこないもどかしさがあり、一歩届きませんでした。
●選評
新鮮な眼で 青木 みつお
広瀬心二郎「トヨばあ」。どの連もタルミがなく、対象に添って展開し、地に足がついていて、リアリティーと描写にゆるぎがない。沖縄の女性、平和を願う人の暮らしと心情が破綻なく描かれている。作者は沖縄の状況を深く理解し、女性に敬意を抱いている。
興村俊郎「海岸通り」。第一連、二連が魅力的である。その通りの魅力的な展開を期待したかった。
上岡ひとみ「母の眉墨」。選者が共通して支持がつよかった。
武村三幸「秋刀魚の丸干し」。珍しい食べ方をめぐる家族のやりとりが興味深い。
評論は一定の水準に届くものが見いだしがたかった。
テーマの集中と解放 高田 真
広瀬さんの詩に心の底から感動した。沖縄に生きる市井の人々の声が聴こえるようだった。おばあの思いや人生の中にぐっと入り込み、歴史や戦争も炙り出し、終連の飲み踊る彼女の姿に決して絶望しない逞しい民衆の心が重なる。テーマの集中と開放のバランスが見事な作品だ。上岡さんはマッチ棒の煤で眉を描いた母のこと。野良仕事をし化粧品など持たぬ人の工夫。素敵なモチーフゆえに四連目のテーマの分散が残念。興村さんは巨大鯨が打ち上がった事件をめぐり廃れた漁業などのことも含め現代文明批評を試みている。武村さんは漁師の息子の本懐を丁寧にユーモラスに描いている。評論の山川さん入選佳作ならず。今後を期待する。
心をよぎるあかり 田上 悦子
それぞれ真剣にうたい上げた詩作品が多くあり、選者としても勉強になった。只、上質な笑いをそそるような詩があってもいいのではないかと思った。
広瀬心二郎「トヨばあ」、一日の時間設定の中で、戦争、平和、男、女、死者、生者のことなど多くを、しかし鋭く味わい深く表現されている。
興村俊郎「海岸通り」、海岸に打ち上がった巨大な鯨を海へ戻せない人間の微力について考えさせる作品。
上岡ひとみ「母の眉墨」、絨毯の上に落ちた眉墨の微少な芯から、女性ならではの感性で語る。もっと整理を。
武村三幸「秋刀魚の丸干し」、作品読んで丸干しを食べたくなったが、あれもこれもと、少し書き過ぎ。
生の収穫をみる 南浜 伊作
広瀬心二郎「トヨばあ」は沖縄の九〇歳女性の述懐。反戦平和への願いが体験を通して書かれ、それを支える楽天性と生き方には読者も励まされる。どうして男は戦いたがるのかわからないと痛烈に批判するが、ユーモアも含み、やがて迎える命終も考える。生を感謝し酒と踊りを愉しむ生き方は、詩の力として訴えてくる作品だ。
興村俊郎「海岸通り」は衝撃的な書きだしで惹きこまれるが、その展開に意気込みが衰微し惜まれる。
上岡ひとみ「母の眉墨」は貧しかった母のお化粧一点に絞って想起し、一人の女の半生をくっきり描いた佳作。
武村三幸「秋刀魚の丸干し」は郷土の食を頑固に守る男に共感し愉しい。
●選考経過
第五三回詩人会議新人賞への応募は、詩部門四五〇名、評論部門一一名でした。詩人会議常任運営委員会は、青木みつお、柴田三吉、高田真、田上悦子、南浜伊作を選考委員とし、二月一二日に選考委員会を開き、柴田三吉を選考委員長に選出。前掲のとおり、詩部門入選一名、佳作入選三名を決定し、評論部門は入選佳作なしとしました。
〈詩部門〉
五次通過者 いいむらすず 菊竹胡乃美 後藤順 星野真紀子 三刀月ユキ および入選佳作者(以上九名)
四次通過者 iidabii 小田凉子 佐々林
滝本正雄 および五次通過者(以上一三名)
三次通過者 朝大深雪 あさとよしや 安部勝衛 石村利勝 大塚ゆり恵 木よしお 合田陽一 小林信次 小林陽花 小林雅楽 坂本ユミ子 サトウアツコ じよう
鈴木舞 高木道浩 中村実千代 野口やよい 藤わかな 堀之内純一 松本涼 三村耀子 山口徳久 やまざきじゅんこ 山本美喜子 ゆうきまこ および第四次選考通過者(以上三八名)
二次通過者 天ケ谷麗 新井好美 いわじろう 宇野雅 加藤ミヨ子 感王寺美智子
北川ただひと 清中愛子 齊藤勝康 白兎鶴 ずしみさき 鈴木強 高樹紫音 高嶋樹壱 高橋慶多 高橋宗司 蓼科初子 田辺修 田村きみたか 辻岡真紀子 戸田和樹 ともともち 長友聖次 中野花菜 中村暁代 西川勝美 二宮莉麻 浜本はつえ
細田貴大 望月正一 行街文哉 夢沢那智
および第三次選考通過者(以上七〇名)
一次通過者 秋山浩一 雨野小夜美 いしざきかつこ 石持誠 市川直美 井上七海
茨木彦二 妹背たかし イヨダトシ 小笠原清訓 岡西通雄 岡村薫 小野みふ 片根伊六 河合敬治 川花まほ 貴瀬雅広 木村楓 小嶋祐一 堺俊明 清水としゆき
杉口和樹 鈴木保 諏訪ぷらむ 立会川二郎 橘一洋 中筋由規 名嘉山レイ 西岡佳代子 野良生治 橋本俊幸 半崎カオル
阪南太郎 日野笙子 福島恵 丸茂暉明 水上優 水城箏 向井宏治 村瀬継弥 望月はる子 柳徳子 山下我楽 山田光風 結城桜古都 結城忍 吉井裕 和田平司 および第二次選考通過者(以上一一八名)
〈評論部門〉
一次通過者 坂本昭 星清彦 山川茂(以上三名)