第50回壺井繁治賞 うえじょう晶詩集『ハンタ(崖)』(あすら舎)

第50回壺井繁治賞 うえじょう晶詩集『ハンタ(崖)』(あすら舎)

第50回壺井繁治賞

うえじょう晶詩集『ハンタ(崖)』(あすら舎)

受賞詩集抄

記憶の迷路

75年さ迷い続け
未だ辿り着けない記憶の迷路
芒種の雨に血の味が薄められ
炸裂した肉片が木麻黄の枝に張り付き
逃げまどう沖縄の民
シュガーコーティングされても
剥がれたその下に
積み重なる野晒しの髑髏
「合点ならん」
おばぁの節くれだった手は
虚空を搔きむしる

ガマを追われ二人の幼子を抱え
逃げまどう二十歳のおばぁ
負ぶっていた愛児は
太ももの傷に蛆がわき
水さえも受け付けず果てた
耳元に迫る艦砲の爆音に
残された子の手を引き
さ迷い さ迷い さ迷い
無我夢中で岩陰に身を隠し
やっと拾った命

75年かけて辿り着いた迷路の出口には
またしても日の丸が振られ
万歳が三唱され
生き延びた若き息子の肩には
いつしか重く銃剣が担わされている
ガマを抜けたら次のガマに繋がり
次のガマの先は亀甲墓の入り口
どこまで行っても出口がみつからない
おばぁの体はいつしか土蜘蛛となり
今も地下をさ迷い続けている


落ちる

足を踏み外した
闇雲に掴んだ草の葉を握りしめもんどりうって
回転しながら真っ逆さまに落ちていく
青天の霹靂 見上げれば踏み外した崖の突先が光る
雲一つない青の世界に落ちていく
落ちながらもしばし思考する
この惑星に産み落とされて以来常に落ち続けている
指の間から落ちていった大切なものたちよ
前転後転さらに前転迫りくるアスファルトの継ぎ目
水溜りが近づくあわや激突
地面がさっと割れなおも落ち続ける
傾いだ視界に沈みゆく陽の残光
身心脱落この浮遊感
間引きのために崖を跳んだのはいつだったか
人頭税でみんな苦しんでいた頃だね
崖に追い詰められたら跳び越えるしかなかった
万が一の奇跡を信じて
産んで上げられなくてごめんね
次は首里王府のお役人の子に生まれておいで
エーキンチュの家に生まれておいで
太陽を目指しひたすら上昇を夢見たこともあった
今は肩に生えた白い翼は捥げ 落ちる 落ちる

時代が変わろうと女は崖を跳ばねばならない
ここは本島の南端太平洋に面する具志頭村
ガマを追われた住民は迫りくる火炎放射に焼きだされ
南へ南へ逃げまどい追い詰められ辿り着いた先は
四十数メートルの断崖 ギーザバンタ
凌辱を怖れ女は我先にと断崖に身を投げた
乳飲み子を胸に抱え オバアの手を引き
はらはらと零れ落ちる命 命 命
オバアのハジチの手もひらひらと宙を舞い落ちてゆく
スーサイドクリフ
壁にぶち当たりながら歪に外形を変え
いつしか内在が抜け落ち
漆黒のブラックホール
落ち続けながら転がり落ちる先は
彼も我も我も彼も輪郭線が消え
再び融合する金神奈落か
落ちて落ちて さらに落ちても
安らぎは死してなお見い出せず
痛みに覚醒しながら落ち続ける他ないのか
絶え間なく崖から落ち続ける女たちの
落ち行く先は暗く遠くいまだ見えず


うふあがり島

眼下に広がるパッチワークの畑
こじんまりした空港 島の中央の集落
満開の月桃の香り 山羊の子の鳴き声
赤池を過ぎたら 蔦絡まる無人の宿舎
窓ガラスに映り込む荒れた屋敷の緑
道端に薄茶色の大きな蛙の死骸
茜に染まり 行雲たなびく夕暮れ
独り 息子の足跡を辿る旅

うふあがり島は はるか東
久高島よりさらに東のニライカナイ
二十九年の生涯の煌めく一年を過ごした地
自然と一体になり 釣りに明け暮れ
傷心を癒やし 海と生きた島
断崖に打ち付ける波 白く砕ける波
紺碧の海は四方に広がる
迫りくる孤独はあなたを
より強く より優しく変えた

あなたを産み落とした三月
二十九年前この惑星の自然は
春に踊っていた
今再びこの青い海原に
白い骨となったあなたを還そう
燐光に煌めく命を自然の中に還そう
やがては青く染まった魚となって
屈託なく笑いかけてくれるだろうか

あくまで青く果てしない大東ブルー
この広い無限の海にあなたを放とう


サシバ飛ぶ日に

ピックイー ピックイー
今年も梢の先で呼ぶ声がする
旅立ちの支度はできたかい出発するよ
朝はめっきり冷え込んで風は
逆巻く胸毛に身に沁むようだ
宮古島にはもう仲間が集まって
うれしそうに楽しそうに鷹柱となり
旅立ちの準備をしているよ

身軽に飛んでいくその鋭角の頭の中では
台湾で檳榔の林を抜け
中国の丘陵地を見晴るかし
ベトナムでは眼下にハロン湾が広がり
ラオス ミャンマーまでも俯瞰する
アジアの湿原 輝く水田が
懐かしく開けているのだろう

ピックイー ピックイー
果てしない大海原を目指し
国境を越えたレキオスの末裔よ
飛ぶ勇気を失くしたのかい
余計なものを全部捨てること
大切なものは一つだけだよ
ほらミーニシが吹き渡り
森が波打っている

去年は病室の窓から一緒に見ていたね
見えない傷をじっと抱えた落ち鷹が
木麻黄林の枝先でいつしか点となって
暮れ泥む秋の空に溶けていくのを

意識を切り裂いて
ピックイーの呼び声が耳元に迫る
羽根より軽い魂となって
今年は自由に飛び立てるね
どこまでも 空高く
鉄塔が光る辺り澄んだ空気を裂き
ピックイーと一声残し 今
君はサシバと共に天空高く飛び立って行く


ソーキ汁

帰省のため晴海から船に乗り
二昼夜吐き続けて辿り着いた那覇の港
ヤマトの大学には船で行くしかない
沖縄の貧乏学生は船に弱い体質を呪った
待ちかねた母は豚肉と冬瓜と昆布の入った
ソーキ汁でいつも迎えてくれた
憔悴しきった娘は一口一口を味わい
肉のエキスは娘の体の隅々まで満たした

遥か昔味した 田舎での幼い日の記憶
旧正月のウヮークルシ(豚の屠殺)の日
それは手塩に掛けた豚を屠り
感謝を込めて共食する風習
子どもらは空っ風に鼻汁をすすり
うれしさから興奮し意味もなく小競り合いなどし
シンメー鍋から立ち上る豚汁の湯気に
大人達も久しぶりの暖かい供物に笑いがこぼれた
それは貧しい食生活に約束された年に一度の馳走
クンチ(根気)をつけるための知恵であった

仏壇に供え ご先祖様と食を共にする喜び
暴雨 旱魃 飢餓の災禍無きよう
悪霊払いの願いと祈りの中で
命を繋いできた歓びだった

一椀のソーキ汁
それは綿々と受け継がれてきた
母親達の乳であり血であり
女達の願いであり祈りであった
七五年前に愛する人のために供した
一椀のソーキ汁は
激しい艦砲射撃に耐え
小さな島を逃げまどい
生き残った女たちが
全てを失い嘆き悲しむ人々へ
今ある命から始めようという
生き抜いた命への万感の思いを込めた
命ぬスージ(命の祝い)だった


不条理の海

花開くセンジュイソギンチャクに
戯れるカクレクマノミの白いマフラー
見え隠れしながら底深く誘う
つーっと気取って前を泳ぐはミノカサゴ
色鮮やかなモンガラカワハギと鉢合わせ
愛くるしいアバサーは幼い日に
突っついてよく怒らせたっけ
デバスズメダイ ルリスズメダイの群れは
海のカーテンのように
サーッと背景を変えていく

愛しい魚たちよ 何故
海の天上から土埃をあげて
土砂が降ってくるのかも知らず
逃げまどう小さな命たち
叫ぶ声が聞こえないか
絶滅していく種の喘ぎが聞こえないか
この日を
忘れない 愚かな人類の大罪を
戦争のための武器弾薬 原爆さえも
密かに抱えようとする
禍々しい軍事基地を造るがために
何故美しい自然を海の墓場に変えるのか

沖縄県民は魚と等しく
生殺与奪の権利を握られているのか
政府に盾突くこんな人たちなのか
こんな人たちには人権も無く
民主主義の蚊帳からも除外されているのか
頬を紅潮させやっと祖国に帰れると
涙した46年間 そして
夢に描いた祖国が崩壊していった46年間
それでも日本語で思考し
日本語を愛さずにはいられないジレンマ
美しい日本語と美しくない日本の乖離
それでもなお美ら海を守ることを
諦めてはいけない
日本はひとりの暴君のものではなく
人々の美しい心は日本のどこかに
必ずあるはずだから


受賞のことば

今後の励みに  うえじょう晶

三月十五日に受賞の知らせを受け嬉しさの反面、手放しでは喜べない世界の耐えがたい現実がありました。
コロナ禍で生き延びた命を戦争という人間が原因の殺し合いで喪っていくという愚かさ。ウクライナにシンパシーを感じながらも、ウクライナ優勢というニュースは裏を返せばロシアの若き兵が銃弾に倒れたということです。そしてその死を悲しむ母が、父が、家族がいるということです。過去の記録映像でしか見たことの無い沖縄の悲惨な地上戦が、そのまま七十七年も経たこの地球上で、今この瞬間にも繰り返されていることに人間のひとりとして救いのない暗澹たる気分にさせられます。
ノーベル賞作家のジョセ・サラマーゴは「好意は最高の所有の形。所有は最低の好意の形」と表現しています。力ずくで奪い取った領土には一番大切な民意が抜けているのではないでしょうか。圧倒的な暴力の前で詩人の綴る言葉は無力かもしれません。まして何の社会的地位もない一介の庶民がどんなにあがいても現実は一ミリも変わらないのかもしれません。しかし、やはり黙してはいけない。小さな声を上げ続けていかなければとの思いです。
最後になりましたが、第3詩集後の七年間の想いを、四方を海に囲まれた沖縄の崖にまつわる物語として『ハンタ(崖)』に纏めました。このたびは歴史ある壺井繁治賞に選んでいただき感謝に堪えません。今後の励みにしたいと思います。また、推薦して下さった方、選考委員の方々、詩集を読んで下さった皆さまに心よりお礼申し上げます。


略 歴
一九五一年沖縄県那覇に生まれる。
詩人会議、沖縄詩人会議「縄」、「いのちの籠」会員。
既刊詩集『カモメの飛び交う町で』二〇〇一年、『日常』二〇〇四年、『わが青春のドン・キホーテ様』二〇一四年、『ハンタ(崖)』二〇二一年。
一九九九年琉球新報児童文学賞、二〇〇五年おきなわ文学賞詩部門佳作、二〇一四年詩人会議新人賞佳作、二〇二〇年『夏至風の吹く頃に』新報短編小説賞佳作。

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