橋本俊幸「深夜」
深夜 橋本俊幸
認知症の父を捜しあて
どこへ行くのかと叱れば
「家に帰る」という
どこに帰るというのか
家を出て
夜は冷たく張りつめている
道を探すわけではない
あてなどあろうはずがない
ここがどこだかわからずに
住処を捨てさ迷い歩く
呼び戻す声が届かない
「家に帰る」とは
言葉が暗示することに
思いが不意に跳ぶ
「家に帰る」とは
ここを去るということか
この世に生まれ来る前のどこやらへ
帰ってゆくということか
深夜
光が去り
光によって見えずにいた星は瞬く
知識や記憶を引き出す術を失って
言葉が
見せずにいた意味を瞬かせる
かなしみが込み上げる
両手の平で肩を抱く