落合郁夫「むらが消える」

落合郁夫「むらが消える」

むらが消える  落合郁夫

山また山のなかのむら
村制施行前の一八八八(明21)年
一五六戸、八七二人
あと、戦争や恐慌にもまれ
第二次大戦では
村の5%、31人が殺された
でも、60年ほどさほど変わらなかった

変わりだすのは
外材が幅を利かすようになってから
木材の伐り出しが止まった
そして、エネルギーの様変わり
薪や炭は売れなくなった
列島改造、所得倍増が声高に叫ばれ
人は、まちへまちへと吸取られてゆく

国勢調査は語る
一九五五年、一四九世帯、六六九人
一九六五年、一〇九世帯、四四九人
一九七五年、九二世帯、三一〇人
一九八五年、七二世帯、一七四人
一九九五年、三九世帯、一〇一人
二〇〇五年、四〇世帯、九〇人

一〇〇周年を祝った小学校は消えた
道路はよくなったがバスは引上げた
行商も来ない
子どもの声は絶えて久しい
二〇〇六年、市になったが
人口減少はさらにすすむ

「おいらが死んだらどうなるんやろ」
その声は谷底に沈んだまま
いま、二五世帯、四五人
むらが消える

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