自由のひろば選(2021.4)

自由のひろば選(2021.4)

●自由のひろば 2021.4月号

落ち武者
ゆきのさきこ

この辺りが古戦場であったことは知っていた
四十年前子供二人連れて引っ越して来た
ある夜目を覚ますと
部屋の隅に落ち武者がうずくまっている
悔しそうに苦しそうに顔を歪めて
西南の役か いや平家の落ち武者か
戦術が間違ったのか裏切りにあったのか
気にはなったが私も仕事やら子育てやらに忙しく
そのままにしておいた

日が経ち
子供はそれぞれに家庭を持って出て行った
良いことも悪いこともいろいろあったけれど
いちいち覚えてもいない
人生なんてそんなものだろう
一人暮らしになってもときおり
落ち武者は現れる
苦しいのかい
どうして欲しいのかい
この世のどこかに
後悔や恨みの溜まる場所があって
行き場もない落ち武者が
潜んでいるのかもしれない

私は 落ち武者にはもう慣れているので
足を布団に甘えさせ
日めくりをめくるように眠りに落ちる

 

 

●選評

おおむらたかじ
何か不思議な味わいがする、それが魅力。古戦場であった辺りに引っ越してきた。知ってはいたが意識はせずに深層に沈んでいる。だが、ある夜、落ち武者を見た。多忙な中にそのままにしていた。一人暮らしになってもときおり現れる落ち武者のことを考える。「この世のどこかに/後悔や恨みの溜まる場所があって/行き場もない落ち武者が/潜んでいるのかもしれない」ここは余裕があって、詩に深さが出ました。終行の、「…眠りに落ちる」は効いています。

草野信子
部屋の隅にうずくまっていた落ち武者。どんな装束だったのか。関心を誘う書き出しです。そして、それ以上に「気になったが、そのままにしておいた」と言う、ゆきのさんの暮らしに興味を引かれました。一編に、ご自身の四十年をさらりと書いています。「落ち武者」のせいでしょうか、ライトバースのような味わいがあります。自分の内部に存在するもうひとりの自分を「落ち武者」として顕在化しているところに胸をうたれました。ずっと見つめつつ、暮らしてこられたのですね。

都月次郎
想像力豊かな作品で、引き込まれるように読んでしまう。座敷童のようにただじっとそこにいるだけだが、存在感はある。恨みとか怨念等というものは時空を超えて残るものかもしれない。この詩の面白いところは、落ち武者に出会いながらうろたえもせず、子育てや忙しい日々を淡々と紡いでいるところ。一応「どうして欲しいのかい」と問いかけてはいるが、世の中には良くあることと達観している。詩を読んだ後で、自分の家にいるのではないかと、思わず振り返ってしまった。

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