第45回(2011) 総評・選評

第45回(2011) 総評・選評

総評

多彩な資質の光を求めて  磐城 葦彦

このたびの「新人賞」へ寄せられた詩は六六四篇という数となり、この七年間の比較でも一番多く、評論はほぼ同数でした。全国各地の小学生から八十歳を超えた高齢者まで、年齢、性別、職業も多様な人々の応募があり、描かれた作品は今日のさまざまな困難な時代を背景に、混迷した状況のなかでけんめいに生き、生きようと自己体験を通じたものが多く、作品もおろそかに見過ごされませんでした。
選考にあたって留意したのは、一つは新しい創造のエネルギーを見出すこと、二つは新たな詩の書き手を発掘することでした。全般的に作品で取扱っている題材が暗い感じもしたので、可能なかぎり多彩な資質に希望の光を得たいとも思いました。最終選考に残った詩部門と評論部門の二つの部門について慎重審議、長時間検討した結果、表記のように詩部門、評論部門の入選が決定しました。
それぞれの作品に少しだけふれますと、末永逸さんの「とおいまひる」は病の母と遊園地の迷子の私とをないまぜた感性豊かな異色作でしたし、水月りらさんの「エジソンのシンバル」は母たちの慈愛に満ちたまなざしの先の明るい語感がよく、倉臼ヒロさんの「肉塊」は酪農従事者らしい生活の思いが託された作品、福島雄一郎さんの「石」は主題をよく生かし、イメージ溢れた佳品として選ばれました。田中茂二郎さんの「有馬敲論 ことばの穴を掘りつづける」は全詩集を対象として整った論点が評価され、宮下誠さんの「上政治の青春」は農民詩人の虚と実を探って詩の原理を論じたところに特色があるとして選ばれました。詩作品も評論も最終選考では難航しましたが、選考委員の忌憚のない意見集約で結論を得ました。
詩部門の第五次選考まで上った小学五年生の岩崎淳志さんの作品「力強く」が注目されたのは収穫でした。その他、選にもれたとはいえ最後まで競い合った作品もあるので今後に期待をして総評とします。


選評

時代を描く  青木みつお

今回は選考が難しかった。最後は集中的に進んだ。
末永逸「とおいまひる」は日常の平凡な時間と経験に、詩としての抒情を見いだし、表現した点に美点がある。それは現代を描く切り口になる。
水月りら「エジソンのシンバル」はハンデを持ったユウヤに寄り添い、成長を見守る視点の思いが深い。作者の誠実さがもっと結晶されていい。
倉臼ヒロ「肉塊」は畜産をベースに人間の思いを描いた。リアリティーは濃いが、イメージの結実に不満が残る。
福島雄一郎「石」はぽっかりと空いた時間の印象が素直に描かれている。営業を上手に写してほしかった。
総じて現代を描いた作品が多い。


葛藤する心  秋村 宏

暗い題材の詩が多かった。いまの閉塞社会のなかで葛藤する心だろう。
末永逸さんの作品は錯乱のなかの母と娘の対話を通して人の壊れた関係とつながりを示して巧みだ。水月りらさんは、集団のなかの子どもの成長を願う母・自らをみつめ、どこか未来を感じさせる。いい。倉臼ヒロさんは、伯父と牛とその肉塊を重ねて、生と死の問題を考えさせる。現実感のある作品。福島雄一郎さんは、一瞬のなかにある永遠の時を示している。
評論は、年々、力のある作品がふえている。田中茂二郎さんの「有馬敲論」は、有馬敲という現役詩人の総体を過不足なくとらえた力作。宮下誠さんは「上政治」という詩人を掘り起こした。


生きている心  佐相 憲一

末永逸氏「とおいまひる」と水月りら氏「エジソンのシンバル」の二篇を推した。前者は記憶の瀬戸際をさまよう母親との対話を娘の視点で、後者は息子の集団生活への発育を願う母親の思いを描いて、共に感動作。詩の構成力と言葉の飛躍的な深みで最後は「とおいまひる」を選んだ。すれ違っているようで記憶と情愛が重なる瞬間の光。壊れやすくもつながる人間存在の深淵の生きた心もようが夢の潤いで伝わる。
倉臼ヒロ、福島雄一郎、三田村正彦、久保田萌子、二条千河、岩崎淳志、大江豊、秋津亘、長澤靖浩の諸氏も光る。
評論は宮下誠氏「上政治論」と田中茂二郎氏「有馬敲論」を推した。後者は現役詩人論の難しさをクリアした。


多彩な作品  渋谷 卓男

末永逸さんの作品には、心の底にひそむ痛みが描かれています。母との葛藤、その母が倒れてもたどり着けない和解、そして背後に流れたであろう長い時間。読み終えると、読者も途方に暮れて「まひる」に立たされます。
水月りらさんの作品には、子育ての本質が描かれています。子どもの成長を目にして涙が流れるのは、子どもに自分と同じ欠点を見てしまうからかもしれません。思いの深い作品です。
倉臼ヒロさんの作品には、死が救いとも見える重い生の有り様が描かれています。重量感のある作品でした。
福島雄一郎さんの作品には、日常の中にある、永遠と似た瞬間が描かれています。共感を呼ぶ作品でした。


世の中を変える力  白根 厚子

120編以上の詩を読んだ。ネットで送られた若者の詩から、子どもや、八十歳を越えた高齢者まで人々の思いが詩になり魚の群のように寄せてくる。
その中でキラリと身をひるがえし訴えかけてくる。「エジソンのシンバル」異次元の世界で行動する子どもによせる母の思いが比喩表現となって胸を打つ。「とおいまひる」〝脳に毒素のまわった母の/錯乱の中に住まう〟と、とおいまひるのような中で自分を探しまどう。「肉塊」伯父が体験した戦争、牛を生産しているのだろうか。肉塊に込めた思いが〝生と死〟を考えさせる。
こうした人々の思いが詩になって訴えかけてくる。いつか詩のうねりになって世の中を変える力になる気がした。


表現は行き方の証  田上 悦子

経験や対象をきちんと見つめて練り上げた詩は、おのずから技術的にも優れた表現を生み、それが五次選に残り、また入選四篇の作品だったと思う。
「とおいまひる」は、居場所の異なる母と娘の意識の流れを構成した、完成度の高い作品だ。娘の思いを集約させたカタカナ表記二行圧巻。「エジソンのシンバル」は、ユウヤの生き方と母の思いが深く伝わり、随所の比喩や終連の美しさが印象深い。「肉塊」は、不条理な生死を巧に描き、子牛へと繋がる表現みごと。「石」は、各連から読み過せない観想が伝わる。石に重なる自分に気づく終連秀逸。
評論部門入選の有馬敲論は、幅広く鮮明かつ悉に論じ読み応え抜群だった。

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