北川ただひと「死んだふり」

北川ただひと「死んだふり」

死んだふり 北川ただひと

狭い路地の奥にある木造アパートに
その方は住んでいます
ダンボールが積まれた六帖一間に
埋まるように暮らしています
お元気でしたか と声をかけると
丸めた背中から顔がもち上がり
―今日は死んだふりです
これは まだまだいのちの
逆説的な表現でしょうか
―あの世に近いひとり暮らしが都会の
片隅で生きることは 年々重たくな
る死を抱いて 育てているのです
これは見えないものを見せようとする
シュールな表現でしょうか
―ほんとにね 時というものが背中を
スースー流れていくのです だから
いのちは死と混ぜこぜなんです
これは生と死が往き来する世界の
皮膚的な表現でしょうか
うなだれてわたしは帰るのです
訪問のたびごとにいただく
重たいものを転がしながら
ところが翌日の訪問途中
背中を伸ばして歩く勇姿が
眼に飛び込んできて 思わず
その調子ですよ と声をかけたのです
―今日は生きてるふりです
その方は口元を押さえ小さく笑い
路地の舞台の袖に歩み去ったのです
昨日は死んだふり
今日は生きてるふり
明日はどんなふり? などと
余計なことを思ううちに
この方のいのちの表現が
ゆるゆると腑に落ちてくるのです
ペダルを踏んでわたしは帰るのです
観る者に自問を促す
舞台の感動を忘れまいと

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