自由のひろば 2025年9月号
●自由のひろば 詩作品
無職虜情 三明十種
hello! hello! hello work!!
尾鰭の腐りもげた金魚を捨てに行つたついでに立ち寄つた弁当ガラのやうな建物。三水の付く地名だ。職業を洗濯してチャラにする自由。敷地内での商品販売や勧誘活動を行うことは禁じられてゐる。
hello! hello! hello work!!
補助歩行杖が摺足で水平移動して農協のくたびれた帽子が自動ドアに挟まつて一本足の長机から標語鉛筆が転げ落ちる。若い女の舌打ちを初めて聞いた。端末を粗野に叩く音。紙と黴つぽいエアコンのにほひ。
hello! hello! hello work!!
大柄な女性職員(嘱託)がこう復唱する。希望ハアリマスカ希望ハアリマセンカ。無イデスネと答えるしか無いじやない。隣り七番窓口では印度尼西亜(実習生)の代理の男が手続きしてゐる。
hello! hello! hello work!!
行先の作業所を見つけ出してきて其の明け透けな目論見が露見せぬやうにチリ紙の花を八番窓口にそろつと置いて帰る。捨てた金魚は上下左右入れ換わりながら海に流されていつただらう。
●選評
選評=中村明美
メタファーに満ちた、魅力的な作品。冒頭から読ませる。(尾鰭の腐りもげた金魚)(弁当ガラのやうな建物)ことばの端々に、詩、としか言いようのないものが漂う。世界が暗喩で表現される。尾を失ってしまった金魚、である自己。求職者としてそれを刷新しようと寄る食べるための、ハローワーク。殺伐さと、ある意味では活動的な、その両義性を持たせた風景の描写。終連も秀逸。
選評=横山ゆみ
ハローワークの刺々しい空気を思い出して、「hello!」の皮肉っぽさに思わず吹き出してしまった。求職者、職員、求人企業のそれぞれが「明け透けな」本音を伏せながらもマッチングを試みる現場には、もどかしさ、苛立ち、空虚感が漂っている。それらが「弁当ガラ」「標語鉛筆」や「希望」は「無イ」の掛詞などによって絶妙に表現されており、元利用者としては当時の感情が楽しく上書きされる作品だった。
選評=渋谷卓男
この詩の良いところは、職安という限られた空間を社会の縮図として描き出した点です。helloの繰り返し、文語表記など、表現上の工夫も作品とよく合っています。尾のない金魚は作者の分身でしょうか。これを冒頭と末尾に置く構成も非常に効果的です。