自由のひろば 2025年4月号
●自由のひろば
風死す 木崎善夫
ひどいナツです 失うばかりです
ヒドイナツデス 失ウバカリデス
あの日路上に焼き付いたあの人の影は
上書キサレテ 書キ換エラレテ
やがて歴史は 神話になり
美シイ物語ダケガ 語リ継ガレル
もはやナツは 春夏秋冬に属さない
モハヤナツハ 春夏秋冬ニ属サナイ
季節を 歳月を 人々を分断しながら
現実ヲ突キツケルヨウニ暴走ヲ始メル
そのときひとは いや わたしは
現実感ヲ失イ 思考停止ニ逃ゲ込ム
ところでさっきから きみはだれだ?
モウ言イ訳デキナイ アナタ自身デス
言い訳? わたしが? いついつだ?
ホラ 〝パン〟ト〝サーカス〟ノ日々
わたしだけじゃない みんな……
ソレガ既ニ 言イ訳ナノデスヨ
ナツの炎天下は 戒厳令下のように
ナツノ炎天下ハ 戒厳令下ノヨウニ
家々の窓はカーテンを閉め切っている
イツカ来タ道ヘ 再ビ行進ガ始マル時
家々の窓はモニターに取って代わられ
風ノ吹カナイ情報ダケガ垂レ流サレル
ひどいナツです 失うばかりです
ヒドイナツデス 失ウバカリデス
やり過ごすだけの ナツの果てには
ヤリ過ゴスダケノ 冷タイ冬ガ訪レル
やり過ごすだけの ナツの果てには
息ヲ潜メルダケノ 冷タイ冬ガ訪レル
ところでさっきから きみはだれだ?
アナタヲ許サナイ アナタ自身デス
●選評
選評=横山ゆみ
作品中で対話するのは、意識的な自己と無意識下の自己。この無意識下の自己を他者のように登場させ、社会を批判する意識的な自己すらも無意識のうちに「言い訳」していると批判。この構図の採用に脱帽した。バーチャルに傾いた現代社会とそこに忍び寄る全体主義が向かう先をシンプルに抽出した第五連も素晴らしかった。
選評=渋谷卓男
この詩の良いところは、猛暑に絡め、息苦しくなっていく社会状況を巧みな表現で描き出した点です。フレーズの繰り返し、片仮名の活用、いずれも効果的です。五連目が一連目の反復となっているのも巧みです。ただ、きみはだれだ? という問いと答えが二回出てきます。答え合わせは最後だけした方が、と思いますがいかがでしょう。
選評=中村明美
気候変動の危機に対して、深い内省を含んだ作品である。社会に溢れている三人称の正義ではなく、常に一人称として、私として、個として、問題に対峙する姿勢がここに在る。現代社会も、そこに生きるひとも、その総体は常に複数の相反するものが同時に抱えられていて、そこに風が無ければ、停滞し死滅するばかりだ。詩は、あるいは感性や思考といってもいい、(私)から始めるのがいい。自分の感性を信じ、風に翻弄され葛藤する人間を描きたい。