二〇二五年自由のひろば 最優秀作品・優秀作品

二〇二五年自由のひろば 最優秀作品・優秀作品

●二〇二五年自由のひろば 最優秀作品・優秀作品

選 渋谷卓男・中村明美・横山ゆみ

〈最優秀作品〉
三明十種「無職虜情」(9月号)

〈優秀作品〉
有原野分
「雨上がりのベランダにて」(9月号)
大原加津緒
「一丁目一番地」(1・2月合併号)
藍眞澄「数字」(8月号)

 

最優秀作品

無職虜情  三明十種

hello! hello! hello work!!

尾鰭の腐りもげた金魚を捨てに行つたついでに立ち寄つた弁当ガラのやうな建物。三水の付く地名だ。職業を洗濯してチャラにする自由。敷地内での商品販売や勧誘活動を行うことは禁じられてゐる。

hello! hello! hello work!!

補助歩行杖が摺足で水平移動して農協のくたびれた帽子が自動ドアに挟まつて一本足の長机から標語鉛筆が転げ落ちる。若い女の舌打ちを初めて聞いた。端末を粗野に叩く音。紙と黴つぽいエアコンのにほひ。

hello! hello! hello work!!

大柄な女性職員(嘱託)がこう復唱する。希望ハアリマスカ希望ハアリマセンカ。無イデスネと答えるしか無いじやない。隣り七番窓口では印度尼西亜(実習生)の代理の男が手続きしてゐる。

hello! hello! hello work!!

行先の作業所を見つけ出してきて其の明け透けな目論見が露見せぬやうにチリ紙の花を八番窓口にそろつと置いて帰る。捨てた金魚は上下左右入れ換わりながら海に流されていつただらう。

〈略歴〉
三明十種(みあけとくさ)
山口県宇部市出身。一九七一年生まれ。
二〇二四年、第一詩集『詩句と裸夢哉』(時の歯車社)上梓。

表彰を受けて
この度は、詩人会議九月号「自由のひろば」に投稿した「無職虜情」を、二〇二五年年間表彰の「最優秀作品」に選出していただき、大変光栄に思います。紙媒体でこのような賞をいただくのは初めてのことで、なんだか身が引き締まる思いです。
高校時代から詩作を始めておよそ四十年、書いたり書かなかったりを繰り返してきました。この四十年のうち、トータルしても二年ほどしか詩を書いていないのではないかと思います。
過酷な労働から退職し、創作に費やせる時間ができたことで、詩の世界にやり残したことがあると感じ、恐る恐る戻ってきました。
これからもしばらくは詩作を続けていきたいと思います。ありがとうございました。


優秀作品

雨上がりのベランダにて 有原野分

雨上がりの朝
猫と一緒にベランダに出る
湿った風をなぞるように
からだの輪郭が
午前八時をほどいていく

洗濯物の影に
昨日の切れ端がはためいている
できたこと
できなかったこと
感情の濁りが服に染みているようで
それらを見つめながら
ぼくは昨日という日を
少しだけ俯瞰する

空が晴れていると不安になる
誰かがそう言っていた
たしかに今日は
なにもかもがあまりにも明るい
後ろでカーテンが呼吸する
猫はベランダの隅の
割れたプランターの横で目を細める
それは日差しのなかに
忘れられた夜をしまっているように見
えた

思い出せない誰かの声が
今日も誰かの足音に重なる
歩く
道路が渇いていく
猫がふりかえる
その耳の形は
ぼくに似ている
またそのうち雨が降る
それまでに
猫は大きなあくびをする

 

 

一丁目一番地  大原加津緒

小選挙区制反対!!
今夜も徹夜国会に
なるだろうか?

私と夫は近くの八百屋に走る
夏みかん百個 買って来た
親指 もみもみむいて
大きなタッパーに積み入れ
多めのグラニュー糖
ブランデーをふりかけ
「のんべいが多いからブランデー多く」
「ダメ 苦くなるから」と私

夜の永田町は閑散
ガードマンに 不破哲三事務所の
秘書さん呼んで!!

同郷の功記(かつき)君が現れ
「今きゅうけい中だよ!!」
「ビタミンCだよ
明日は参議院?」

日比谷音楽堂 国会前
代々木公園 明治通り 月と一緒のデモ

とうとう街に八百屋も肉屋も金物屋
雑貨屋、街工場みんななくなった
息子達がサラリーマン
窓のないサテアンみたいな変な
家ばかりになった

夏みかん見るたび思い出す
公園の夏みかんたわわに実をつけた
賛成に回ったマスコミも言うように
賛成に回った久米宏も言うように
あの小選挙区制は
まちがっていた

今の悪政の
一丁目一番地であった

 

数字 藍眞澄

知らない自分が
知らない所にうまれている

知らない自分は
一滴の濁った水を汲むために
一日かけて歩いているかもしれない

読むことも書くことも
学べないで
一日中食べ物だけを
さがしているかもしれない

毛布のぬくもりも知らないで
あしたの朝 目覚める保証もなく
今だけを生きのび

映画の一部のようにニュースでは
遠くの国が映し出される
政治とは無関係の何万もの人々が
葬ることさえしてもらえないで
数字だけになっていく

苦しいよ
こんなに胸が苦しいのは
もうひとりの自分が知らない所で
理由もなく
数字だけになっているからだ


選評
選評=渋谷卓男
三明十種「無職虜情」
この詩人の良いところは、言葉に勢いがあること、しかもその言葉に社会の暴力性を射貫く鋭い視線があることです。掲載された五編はいずれも泥臭い作品ですが、泥臭さこそがこの詩人の魅力でしょう。下手に洗練させることなく、ご自分の書きたいことをぜひこのまま書き続けてください。
有原野分「雨上がりのベランダにて」
この詩人の良いところは、詩にすることがなければそのまま流れてしまうような感覚を、繊細な表現で言語化できることです。掲載された九編はいずれも身のまわりを描いたもので、日常から詩を汲み上げる力を感じました。個人的な思いを普遍化する力を磨きながら、ぜひ書き続けてください。
藍眞澄「数字」
この詩人の良いところは、身近なものに対して、世界の出来事に対して、深い共感力を持っていることです。「光の腕を持った者たち」(三月号)では希望に手を伸ばす存在が描かれましたが、これはご自身のことなのでしょう。あふれる感情の伝え方を考えながら、ぜひ書き続けてください。
大原加津緒「一丁目一番地」
この詩人の良いところは、表現が生き生きしていること、苦い思いや孤独を描きながらどこか明るさを感じさせることです。掲載された二編はどちらも過去を振り返る作品ですが、書き込まれた細部から背後にある暮らしまでが伝わってきます。こうした細部を大事にしてぜひ書き続けてください。
この他、森林みどり「種子」(十月号)、石川順一「我々とその人」(同上)も印象深いすぐれた作品でした。

選評=中村明美
今年度も、ひろばはたくさんの作品で、多様な収穫が出来ました。投稿のみなさまに感謝致します。その中から最優秀作品として三明十種さんの「無職虜情」を選出できた事は、選者全員大きな喜びです。三明十種さんは、今年度後半、彗星のように現れ、続けて五編の作品を読ませて頂きました。どの作品も生きる事の本質にきりきりと迫るもので、ことばの無限の可能性と、その奥深さに満ちて、読む者もまた、詩という文学表現の多様さに、改めて深く思い至る事になりました。既に新人の域を超えた力量です。今後は本誌紙上で、私たちの仲間として、より広く活躍される事を、切に望みます。
優秀作品の有原野分さん「雨上がりのベランダにて」は、有原さんの持つ深い抒情に満ちていて読ませる作品でした。有原作品は六月号の「朝になれば」も、その他の作品も、年間を通してどの作品が候補になっても良いほど安定していました。同じく優秀作品の大原加津緒さん「一丁目一番地」は、時代の描写が素晴らしく、生き生きとした迫力で、魅力的な一編。大原さんは、今年は二編の作品が掲載されて、もう一編の「ことば あそび」も、暮らしに裏打ちされた向日性に強く惹かれました。藍真澄さんも、今年度五編の作品が掲載されました。この「数字」もそうですが、どの作品も豊かな想像力が喚起されるもので、詩の重要な要素が随所に散りばめられています。自己と他者の体温が混じり合うことで、世界の理解と共感へ結びついていく。それを私たちの希望として、真の文学の仕事として、読者と選者と投稿者、一緒に深めていけたら最高の恩恵です。

選評=横山ゆみ
三明十種「無職虜情」はとりわけ楽しい作品だった。人物や小物が魅力的に描かれ、作者の観察眼の鋭さが光っていた。作者の投稿作には共通して、労働に縛られて生きることへの抵抗や自問が滲み出ていたように思う。世の中が便利になったところで生きていく厳しさは昔と変わらない、という思いが、旧仮名遣いによってメタ的に表現されていると感じた。本作も明るさの奥にそのようなやるせなさが垣間見え、共感を覚える作品だった。
有原野分「雨上がりのベランダにて」は、作者の、ほんの微かな感覚を言語化する巧みさに心底脱帽した作品だった。年間の選評において私は何度か、作者の用いた表現の中で私自身にはしっくりこないものについて言及した。しかしそれは作者が作者個人の感覚を高度に言語化できることの裏返しなのだろうと、本作を読んで腑に落ちるものがあった。
大原加津緒「一丁目一番地」は、人と人との関わり合いが熱気をもって伝わってくる点に大いに惹かれた。このように生き生きとした会話文のある投稿作品自体が少なかったが、それは第六連にあるように、社会から活気が消えていったことと無関係ではないように感じる。作品の明るさと失政への悔いが〈夏みかん〉の甘苦さと重なる感覚もあり、鮮明に心に残った。
藍眞澄「数字」は、貧困や紛争が常態化した現在の世界において、多かれ少なかれそれに慣れてしまった私たちの心に幅広く届いた作品ではないだろうか。見過ごされている人に向けられた眼差しが印象的だった作者の投稿作の中でも、時宜を得た一篇だった。

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