ウクライナにおける文化財被害 渋谷卓男

ウクライナにおける文化財被害 渋谷卓男

ウクライナにおける文化財被害 渋谷卓男

ロシアによるウクライナ軍事侵攻はいまだ終結の兆しが見えません。日本ではほとんど報道されていませんが、この侵攻によって多くの文化財が破壊されていることもぜひ知っていただきたいと思います。
ユネスコの集計によれば、ウクライナにおいて四六八の文化財が部分的または完全に破壊されました(二〇二四年一一月二七日現在)。内訳は、博物館・美術館三二、図書館一七、文書館一、宗教施設一四五、歴史的建造物二三八、記念碑三三、考古遺跡二となっており、どれだけの文化財が破壊されたか想像もつきません。具体的な報告をいくつか拾ってみましょう。
[イワンキウ歴史郷土史博物館](イワンキウ)
ウクライナの民族画家として敬愛されるマリア・プリマチェンコの作品が所蔵されていましたが、焼却されました。
[クインジ美術館](マリウポリ)
ウクライナを代表する写実主義の画家を紹介する美術館で、二〇世紀ウクライナ人画家の作品を多数所蔵していましたが、砲撃で破壊されました。
[ハルキウ美術館](ハルキウ)
ウクライナ最大級の美術コレクションがある美術館ですが、空爆を受け、希少な写本を所蔵する図書館が大破しました。
[フルィホーリイ・スコヴォロダ国立文学記念館](スコボロディニフカ)
ウクライナにおける文化的アイデンティティ再定義運動の主導者を記念する文学館ですが、ミサイルで破壊されました。
こうした破壊行為のほか、占領地において二〇〇〇点以上の文化財が持ち去られたことも報道されています。
実は、文化財を戦火から守るために定められた国際条約があります。正式名称は「武力紛争の際の文化財の保護に関する条約」といい、一般にはハーグ条約として知られています。第二次世界大戦中、武力による文化財の破壊や占領国による文化財の略奪が行われたことに対し、ユネスコ主導の下に作成され、一九五六年に発効しました。二〇二三年時点で締結国は一三五カ国、この中にはウクライナもロシアも含まれています。しかし、ひとたび武力衝突が起こってしまえばこうした国際条約も何ら力を持たないことが明らかになってしまいました。大変残念なことです。
(『民具製作技術保存会会報』二〇二二年)
※博物館に勤務していた当時、関連団体の会報に寄稿したものです。転載に当たってユネスコの統計を最新のものに改めました。

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