自由のひろば選(2021.10)

自由のひろば選(2021.10)

風の道  佐藤一恵

盛夏 日差し避け
車ごと逃げこむ
大きな木の下
ドア全開で
本ひらく昼休み
木蔭わたる風は
線路の向こうの
名も知らぬ白い花の香り
連れてくる
ここは私の好きな風の道

昔 図書館で見た風の本にあった
地球の風は ぶつかり交わり合って
世界の平均気温は十五度になっている
あの風の本の出版は
もっとずっとずっと前のはず
温暖化が叫ばれる今日
脳内を駆け巡る脅威

木漏れ日のスポットライトで
フロントガラスを
自由気ままに遊ぶ
本のページの
ありんこの影
ぼんやり追いかけている
ここは私の好きな風の道

 

 

 

●選評

選評=草野信子
何を、どのように言葉にするか。詩にとって大事なことを改めて納得させられた一編です。「昼休み」とあるので仕事中なのですね。夏でも風の通る道があるのを知っている。ひとつの小さな場面に、日々を丁寧に生きるひとの姿を見ることができます。加えて「昔 図書館で見た風の本」という魅力的な表現で場面を転換しています。ここに記されている「温暖化」の危機感を、本作に込めた佐藤さんからのメッセージとして受け取りました。

選評=都月次郎
さらりと書いたような作品だが、細かな描写の中に大きなテーマも抱いている。やさしい自然の風は、暑い日には何よりありがたい。坂を登っているとき背中を押してくれる風は、神の手のようにさえ感じる。この詩は車の中、フロントガラスを歩くアリの影が、開いた本の白い頁に映り、なんだか絵本の世界のように楽しい。

選評=おおむらたかじ
構えることなく、さらっと書く。一連のリズムの工夫もよい。そしてずっとずっと以前の、風の本の話。「脳内を駆け巡る脅威」と、進む地球温暖化の危機の訴え。身近な具体が一つあれば、説得力も増すと思いますが…。木漏れ日のスポットライトでありんこの影を追いかけて…私の風の道にいる。そんな日があっていい。単純なようでいて静かな思考の深まり、いいですね。

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