第55回(2021) 総評・選評

第55回(2021) 総評・選評

●総評
高齢化社会の中の人間 柴田三吉

コロナ下で詩人会議事務所が使えないため、選考会は上野文化会館の応接室を借りて行いました。
まず詩部門は一次通過の八七篇を対象に、各委員が推す作品を一〇篇前後提出して選考を開始しました(高田真氏は仕事の都合で欠席、書面での意見を反映)。評価を得た一四篇を二次通過とし、それぞれについて意見を述べた後、三次通過の一〇篇を選びました。さらに入選・佳作候補五篇を選出して議論し、最終の投票は行わず、入選作一篇、佳作三篇を決定しました。
今回の特徴は高齢化社会を反映したテーマが多く、そこに優れた作品が多く見られました。反面、社会的なテーマは意見の表明にとどまるものが多く、詩としての創造力がやや弱かったように思います。コロナを扱った作品も一定数見られましたが、まだ詩としての熟成が足りませんでした。
入選作の吉岡幸一さん。認知症を発症した母親を見つめる目に惹かれました。自分のことが分からなくなった母親ですが、家族の見守りによって「お母さん」であったことを思い出す。そこに役割ではない、一人の人間の、存在のあり方が示されています。
佳作一席の生田麻也子さん。老いを受け入れ、身体の衰えを飛び立つ鳥にたとえた一連目の描写が秀逸でした。後半の穏やかな心境から描かれる覚悟も美しく、そこに詩としての滋味があり、私は新人賞に推しました。
同二席の小田凉子さん。ミシンという道具を通して、母親の半生が丁寧に描かれています。ラストでミシンが海を越えて役に立つというところで大きな広がりが生まれました。
同三席の渡邊あみさんは高校生。祖母が編んだマフラーを通し、祖父母の絆、愛を真っ直ぐ見つめています。読後に清々しい思いが残りました。
評論部門は一次通過二篇でしたが、受賞作なしとなりました。田中半島さん。井上光晴についての論考は詩を前面に押し出して欲しかったです。星清彦さんは鳥取の女性作家、田中古代子と、幼い娘千鳥を掘り起こしていますが、資料が少なく、作者の推測による論となってしまいました。

●選評

コロナ禍を越えて
葵生川玲
コロナ禍の日々を生きる言葉が、広く生命の存在を考え、より深まることを、入選の、吉岡幸一「名前」から受け取ることになった。象徴としての名前がとり戻される場面に感銘を受けた。
佳作の、生田麻也子「羽化」は、人間の死の瞬間に飛翔する魂の姿を映していて鮮明だ。同じく小田凉子「母のミシン」は、この国の戦後の貧しい暮らしを体現するものとして、さらに後進の国々へと移されるものとして、時代を捉えている。
渡邊あみ「青いマフラー」も、祖父、祖母二人の関わりの中に、明るく青いマフラーがあって、爽やかな世界だ。
選外だが、水野照子「姓は水野 名は清司郎」は痛快な作品だった。

コロナの時代と詩
青木みつお
吉岡幸一「名前」。入選おめでとうございます。母の老いが名前を手がかりに描かれ、家族、作者の受容と理解が静かに展開し、心にひびく。
生田麻也子「羽化」。歳をとることは避けられない。老いという言葉も鳥という言葉もない。渡り鳥のように飛び立つのだとしたら、美しいと思う。
小田凉子「母のミシン」。母なる人の気品まで伝わってくる。つい先頃まで縫うことは、女性の心の世界でもあったことを思う。
渡邊あみ「青いマフラー」。祖父と祖母の交感の情景を、若い魂がほほえましく捉え、描いた。ご精進を願う。
評論は入選、佳作に至りませんでしたが、次の機会に期待します。

寸評
高田真
入選の吉岡幸一さん「名前」は詩として破綻なく整い、完成度の高い作品だった。認知症の母を優しく見守る家族の存在、母に対する作者の眼差しが愛と尊敬に満ちている。母の老いを自然に享受しているその姿勢にも感動した。佳作の生田麻也子さん「羽化」は近しい人の死を見送る心情を蝶の羽化の比喩にうまく重ねた命の歌になっている。小田凉子さん「母のミシン」は思い出の詰まったミシンが異国の自立を目指す女性たちによって再利用されるところに希望と喜びをつなぐ。渡邊あみさん「青いマフラー」は祖父母の細やかな心の交流を見つめる眼の温かさが素敵だ。評論は論旨に独自の展開がなく入選佳作には届かず残念だった。

「老い」の捉えかた
南浜伊作
今回はコロナ禍の自粛生活の影響か中高年の作品が多い印象だった。入選の吉岡さんの「名前」は母堂の老いの深まりから子息の名を聞いたり、嫁さんにご自分の名を問うなど認知症の日常が労わりの眼で描かれる。筆致に優しさとユーモアがあり、人生の哀愁を漂わす詩です。佳作一席の生田さんの「羽化」は老いを変化し転生し飛躍することと捉え、明るい詩。二席の小田さんの「母のミシン」は台湾からの引き揚げ生活の一家を支え、80歳まで働いた母親の足踏みミシンだが、中古で値もつかない。が東南アの女性を助けると、亡母の生涯を辿る契機。三席の渡邊さんの「青いマフラー」は祖母の手編み、手術室入口で待つ祖父の愛。

●選考経過
第55回詩人会議新人賞への応募は、詩部門で五五一名、評論部門で一〇名になりました。
今回の選考委員は葵生川玲、青木みつお、柴田三吉、高田真、南浜伊作の五氏。
選考会は二月一二日の午後、東京上野の東京文化会館で選考委員長には柴田三吉氏を互選で選出し、行なわれました。そして前掲のとおり詩部門の入選者一名、佳作入選者三名が決定されました。評論部門は入選・佳作なしとなりました。
∧詩部門∨
最終候補として(第五次通過者)波平幸有
および入選者(以上五名)
第四次通過者 田島廣子 田住三省 オノカオル 山川茂 水野照子 および第五次通過者(以上一〇名)
第三次通過者 坂本ユミ子 上田赤鬼 土室寧二 上野崇之 および第四次通過者(以上一四名)
第二次通過者 伊藤彰一 遠野辺墨 葛岡昭男 大野美波 加藤純恋 いいむらすず
かどさとこ 藤川六十一 早坂零 大川原弘樹 仙波寛人 浜本はつえ 桐木平十詩子 酒本裕次郎 奥村岸雄 古屋淳一 池田久雄 中舘公一 矢﨑俊二 渡邉美愛 石井厚子 網野秋 日野笙子 サトウアツコ 田村きみたか 東島雄二 いしざきかつこ および第三次通過者(以上四一名)
第一次通過者 滝音吉 市橋のん エダ はわ 木月愛美 澤村健太郎 大和田宏樹 廣田罔象 志田恵 大江豊 三ツ谷直子 雨宮信夫 高藤典子 水衣糸 平田正子 阪南太郎 石木充子 中村実千代 おのたかお 宇里直子 青柳泉 妹背たかし 高木直浩 緒方萌子 寺田知恵 辻岡真紀子
大倉大史 やまもとさいみ 桑原広弥 西村美衣 阪井達生 藤坂宏子 塚田学 薇々烏梨医 野々美柊 佐々木淩 岡堯 時枝かおる 飯泉昌子 相田尚子 首藤教之 静川雅史 藤﨑正二 星清彦 こまゆ
山附純一 および第二次通過者(以上八七名)
∧評論部門∨
第一次通過者 田中半島 星清彦(以上二名) 入選者なし

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