第47回(2013) 総評・選評

第47回(2013) 総評・選評

総評
日本社会の反映  上手宰

今年の新人賞には、654篇もの詩と9篇の評論が寄せられました。応募されたみなさんに感謝申し上げます。
全体的な印象としては、深まる格差と東日本大震災後の疲弊感に充ちた日本社会を反映したものとなっていたようです。若々しい愛をうたったものや前向きな作品は少ない印象でしたが、身近な人の死や、高齢者の介護をめぐって、人の愛を円熟した視線から深く描き出す作品が多かったことは入選・佳作作品にも示されたとおりです。白石小瓶さんの「見とどける者」は圧倒的な支持を得て入選となりました。「静けさ」は非在を示すものではなく「無言」であり、記憶を失っていく中にあっても、自己を生につなぎとめる認知症患者たちの愛と痛みを深い陰影の中に定着しています。臨場感に満ちて現場を描くに留まらず、「言葉を見限る」ことは生の終焉であることを、「言葉」によって生きる詩人自らへの決意も内包されるかのように語りかけた点も、すばらしいものでした。
佳作の川島睦子さん「骨と灰」は感傷を排して骨、灰を描くのとは裏腹に、妻への愛を無骨に示した父へのやさしい視線を描いて出色でした。
佳作の佐藤康二さん「三月の火」は大震災後の荒れ果てた浜辺に、物言わぬ半分消えかかった「あの人」を登場させることで言葉にならぬ鎮魂の想いを刻んでいます。その人が「ほほえんでいる」に、生き残った人たちへのメッセージが託されているようです。
選外となった中で私が特に注目したのは、超現実的な設定の竹山繁治さん「希望の目」、前田めり子さん「淋しいの卵」、愛を真正面からうたった細田貴大さん「距離」などでした。
評論部門では前川幸士さんの「終りと始まり」が昨年亡くなったポーランドのシンボルスカを描いた力作で佳作となりました。特に9.11を描いた詩で、ビルから飛び降りる人たちについて「この飛行を描き 最後の一行を付け加えないこと」をめぐっての展開は示唆的でした。残念ながら及ばなかったものの、前川整洋さんの「登山する詩人」は新しい視点と素直な読みと紹介で最後まで討論されました。


選評
詩のこころ  青木みつお

白石小瓶「見とどける者」、作者のお人柄か職業柄か描写、展開がていねいであり、第一行から詩の言葉で描く筆致が好印象を与える。
川島睦子「骨と灰」題がまともすぎ、やや損をしているが、、今日人の命を直視する作者の思い、誠実をあらためて感じる。
佐藤康二「三月の火」は、作者の思い考えを極力言外に託している感がある。受けとめきれないほどの現実を、作者は詩の言葉で描こうと対している。そこに一つの表現がある。
前川幸士「終りと始まり」は、シンボルスカの詩業を今日の状況に結びつけて論考したところに、積極的意味があると思った。


命と真向って詩う  小森香子

入選、佳作いずれも生命の在りようを見つめた温かい作品であったことが嬉しい。白石さんは看護師の深夜勤務のきびしさと老婆達の孤独に寄りそう優しさをリアルに詩う。川島さんは母の死をそれぞれに耐える父や兄達を思いやり自らのいたみを「骨は骨/灰は灰」と客観視しようとして、なお父の悲しみと深く共感してしまう。私も何度も体験した愛する者の「骨を拾う」切なさだが、それに真向って詩の心で立っている。佐藤さんは3.11後の浜辺でそれぞれ想いを込めて片づけに励む人々、その中に「一人だけ/ほほえんでいる」人をみつめる。いずれも生命への想いを深く血の通ったことばにつむいだ。
共に学び続けたい新人達にエールを。


現実を的確に自在に反映する  佐藤文夫

白石さんの詩は、特養ホームの夜更け、暗闇の中で必死に生きている命、長年、人生の重荷に耐えてきた老人たちに寄り添い自らの心を重ね。そこでの情景を熟成させており、感動的です。
川島さんは、火葬場で一瞬にして「骨と灰」になる母、その母をどうしても見ることができなかった父の心の奥底に、思いをはせた辛い詩です。
佐藤さんは「喉に詰まった海」から「三月の火」にいたるイメージの展開がリアルで、詩を引きしめています。
前川さんはシンボルスカを語り、「終りと始まり」からソ連の崩壊、米国の9.11テロで超高層ビルの崩落と墜落する人々、そして3.11の現実まで一気に論を展開させ読ませてくれます。


日々を発掘する詩人の眼  高田真

白石小瓶「見とどける者」は老人介護の労働現場を作品化されたものだ。介護労働者と利用者との人間関係、そこに生まれる人と人の交流、日々を見つめるまなざしの厳しさと温かさが滲みに心打たれた。川島睦子「骨と灰」は、母の葬儀の様子、見送る父の心情など、乾いた眼で描出され魅力を感じた。佐藤康二「三月の火」は震災の作品だと思うが、表面的ではなく、鎮魂の思いが深い処から静かに押し寄せてくる。小林日菜「底冷え」は短い作品だが、16歳の感性が煌めいていて最後まで押したが入選には届かず。それぞれが日々を丁寧に発掘する詩人の眼だ。河合恒生、斗沢テルオ、志田昌教、細田貴大、山田雅己など心に残る。


リフレインの間に  長居煎

佐藤康二さんの「三月の火」は大津波が引いたあとの夜の風景。「一人だけ/ほほえんでいる」というほっとするくりかえしの間に、慟哭や安堵、厳寒や捜索が燃え盛っている。
川島睦子さんの「骨と灰」も、リフレインが冴えている。「骨は骨/灰は灰」の言い聞かせの間に流れる長い歳月。家庭の歴史が幾重にも滲んでくる。
白石小瓶さんの「見とどける者」にも、濃密な時間が流れている。交わされる会話も、日課も、眠りも、豊かな偏差を持ってくりかえされるのだろう。
この三作はやはり抜きん出ていた。その他、斗沢テルオさん、あめのうみさん、上野崇之さん、根津光代さんの作品に強く惹かれました。


ひたむきに魅かれる  南浜伊作

白石小瓶さんの「見とどける者」は深夜、介護の仕事に携わる人の観察する眼で書かれており、仕事に真摯に打ち込む人の作品。老人の孤独と生の終わりへむけて、「言葉」への希望と信頼が伝わってきます。介護する人と介護される人のともに生きる直向きさが読む者の胸を打ちます。
川島睦子さんの「骨と灰」は、対象をいかにもマテリアルな見方で書きながら、父親の真情を対置して、その愛の深さを際立たせています。家族内のドラマもみごとに描けています。
佐藤康二さんの「三月の火」は岩手県雫石の人として、震災を描いて、短い詩行の積みあげに迫力があります。
前川幸士さんの評論は刺激的です。

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