第44回(2010) 総評・選評

第44回(2010) 総評・選評

総評

現実を積極的な姿勢で 青木 みつお

ことしも応募作品は多彩な内容で、作者の年齢も十代から八十代と幅広く、現実を積極的な姿勢で反映していたのは、心強いものがありました。
今日多くの勤労者のくらしについてみれば種々の困難があり、高齢者にとっても健康、経済、介護の不安があります。若い人たちには勉強を続ける上での困難、就職の不安、不安定な就業や経済的な問題があります。まじめに生きようとする努力があり、他方にそれをまともに受けとめきれない環境が広く存在します。
詩を書こうとするみなさんの圧倒的多数は、人間らしいくらし、職場、勉学の機会を得ようと努力し、人間的な情熱の発揮、将来への見通しや確信を切実に求めているでしょう。
作品には高校生の社会的視点、戦争や平和への思い、家族を思うもの、くらしの風物、在日外国人の視点を反映するものなどがありました。詩風も経験の長短を反映してか、地域的な色彩もあり、バラエティーに富んでいました。井上義一さん、志田昌教さん、斗沢テルオさん、宮下誠さんらの作品は入選をのがしましたが、選考の席でなかなか結論がだせないという、美点を持っているものでした。
佐藤誠二「島においでよ」は明るい楽天性、南国のリズム、精神風土の健康感がプラスしました。大江豊「おめん売り」はイメージの明快性、表現力が光っていました。中村花木「変色する流域」は土地と共にある産業の姿を的確な言葉で描いていました。平野加代子「そうなるよりは」は自然観察を独特のセンスと語感で表現していました。応募して下さったみなさんを含め、今後のご精進とご活躍を願っています。
評論部門は前川幸士「マヤコフスキーの詩」を佳作としました。著者独自の視点がもう少し欲しいと思いますが、今後の新境地に期待します。
宮下誠さん、万里小路譲さんも詩人論での取り組みでした。今後のご健筆に期待します。評論部門での新しい成果を願っています。
全体として、選考はよく議論し、多彩な資質に脚光が浴びるよう配慮しました。新しい才能の登場を願います。


選評

新鮮、飛躍!   秋村 宏

佐藤誠二さんの「島においでよ」。奄美の風土、そこから生まれた言葉、明るさ、楽天的なリズム、無警戒なおもい。その新鮮さ。その可能性。
大江豊さんの「おめん売り」。年少時の祭りを語るうまさ。なにかなつかしいおもいと人生を感じさせる。
中村花木さんの「変色する流域」。屠殺される牛と故郷と幼年の思い出が簡潔に。イメージの鋭さ。
平野加代子さんの「そうなるよりは」。柔軟な思考と言葉で、より大きな世界への飛躍が期待できそう。
評論は年々作品の質が高くなっている。佳作の前川幸士さんは文献をよく読んでいて、定説・マヤコフスキー論として、まとまっている。


さまざまな可能性   上手 宰

私は大江豊「おめん売り」を入選に推した。少年の日の作者の想いも混ぜながら、売っているテキ屋の出自と心理を想像するあたり、みごとだった。いつの時代にもあった祭りの不思議さが漂う。中村花木「変色する流域」は屠殺現場の迫力によってではなく、それが日常の中に普通にあることを描いてすばらしかった。平野加代子「そうなるよりは」は雄雌の木の熱い想いを勝手に想像し、とぼけたタッチであれこれ言うところに面白さとペーソスがあり、可能性を感じさせる。佐藤誠二「島においでよ」は明るさと元気さで支持を集めた。勢いに期待したい。
他に斗沢テルオ、宮下誠、大村理沙、竹野政哉、山川茂に注目した。


それぞれユニークに   小森 香子

佐藤誠二さんの「島においでよ」はなんとも心地よい詩であった。本当に奄美の島人と一つになりたくなった。沖縄を始め飾り気ない島々をいつまでも「基地」といういまわしい異国にしておいてはならない、と感じた。
大江豊さんの「おめん売り」は子どもの心にやきついた「夢」の世界を薄暮色の絵のように美しくも怖く空にはりつける。書ける人だと思う。中村花木さんは著名な俳人であられるが、そのセンスを詩に生かして力強い。平野加代子さんは「自由のひろば」のホープ。一層の精進を期待する。
全体に八十代から十代まで多彩な人々が応募されていて、また困難な日々に光る言葉が嬉しかった。


快い響きと映像に   白根 厚子

新人賞選考に初めてかかわった。応募詩作品438篇、評論6篇と、詩人口の多さに驚き、積み上げられた原稿に嬉しい悲鳴。だが原稿を読むと、気持ちは伝わってくるが…、どうテーマを象徴化して表現するかが課題な気がした。
入選作「島においでよ」佐藤誠二、語りかける言葉に島人の思い、島の風土が、リズムある言葉で快く響き言葉とともに島の映像が流れてくる。
「おめん売り」大江豊、子ども時代の様々な思いが、浮き上がって来る作品。おめんの映像が鮮やかに映され自分の思いものせられた。
「そうなるよりは」平野加代子、桂の木によせる女の思いが艶やかに伝わってくる。


味わい深い個々の作品   田上 悦子

 

「島においでよ」は、何度読み返してもわくわくします。屈託のなさが魅力の、原初的な生きる歓びが全身に染みわたる作品。〝いけねぇよ〟〝何だというんだ〟〝おいでよ〟などの表記に込み上がるものがありました。
「おめん売り」店の前に〝立ちつく〟
す少年と、地べたから客を見上げているテキ屋、空に掛かっているおめんなどの配置が見事。怖さを孕む夢に惹かれた回想を深々と描いています。
「変色する流域」は、のどけさの中の凄まじい屠殺の記憶の表現に、詩作品としての完成度の高さを感じました。
「そうなるよりは」途中から始まり途中で終わるという独特な手法の作品。つい乗ってしまう面白さがあります。


多彩で豊かな収穫   南浜 伊作

 

佐藤誠二さんの詩は、殆ど無警戒に方言をおりこみ、言語機能への全面的な依拠が、新鮮さを醸成している。楽天的な人間信頼、南国の風土性、外向的な解放感に魅かれる作品で、新人賞にふさわしいと思った。
大江豊さんの詩は、鮮明な少年の日の追憶の世界が描かれ、そこに漂う悲哀感が魅力だ。おめん売りの人生を重ねて、現実とは異次元の詩の世界が構築されている。
中村花木さんの詩は鋭く描き、切りとられた劇を見せられる。結びの詩行が、リアルに迫る心にくさだ。
平野加代子さんの作品は、ご本人は生真面目なのに、とぼけた面白さ。生来のユーモアなのか、饒舌が愉しい。

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