第57回 詩人会議新人賞

第57回 詩人会議新人賞

第57回詩人会議新人賞

詩 部 門 ■入選(賞状・副賞五万円)
横 山 ゆ み  闇市カムバック
■佳作(賞状・副賞一万円)
救     愛  義父
赤 井 紫 蘇  還暦
まだらめ 三保  亜熱帯の少女

評論部門 ■佳作(賞状・副賞一万円)
水 埜 正 彦  石垣りんと戦後民主主義

 

●詩部門入選

闇市カムバック  横山ゆみ

焼け残った柱と引っ張り出したトタン、
廃材と生き様とで屋台を組んで
よそじゃ聞けない話を出す

地べたにゴザを狭しと並べて、
反骨としぶとさで勝手にやる
流れが途切れることはない

文字の羅列がざわざわがやがやと
肩を擦り合いぽんと当たる おっと
小股でないとよろけてしまう
来る声来る声真に受けてたら

世論の脇を右、もしくは左へ。
ここが ありとあらゆる情報が流れる
現代の闇市、スマホの世界だ

テレビと新聞はとうの昔にガセとなり
呑気なやつしか見ちゃいない
生き残るには リテラシーとセンスが必須

「予防接種が?」「えー!」
「地震も豪雨も?」「それ本当?」
「熊のプーと下駄スキーが?」「まさか!」

情報孤児たちが拾い集めた
事実のシケモク それを一本に巻き直すと
見えて来るだろう ヤニ臭い参謀本部が

引き揚げ者は知っていた
「日本はまだ植民地だ」
浮浪者も負傷者も知っていた
「戦争はまだ終わっていない」

点と点が 線になって突き抜ける時
虐げられた一人一人の
生より強い声はなかった

何年か前にこの闇市は
取り締まりの大嵐に晒された
検閲され、削除され、凍結され、剥奪され、
袋叩きにされた者たちが見せしめに転がり、

だからなんだ それがどうした

揉み消してみろ 本当の声を
隠し通してみろ この国を食い物にしている
国家という緞帳の もっと奥を

知らせなければならない
広めて、分け合わなければならない だから

何年たっても私たちは
雲の切れ間に 雨が上がったそのすきに
小さな闇市を開き続ける
開き続ける

 

●詩部門佳作

義父  救愛

わしは、手術受けんでわ。
左目見えんでも、右目見えるでわ。
全身麻酔で大学病院いかないかんの、怖いでわ。

隣の人に、新聞よんでもらいよるけんな。
ウクライナとロシア、戦争しよる。
九十のわしには、戦争いくんは、損ということがわかっとる。
みんな、はっきり、損といわんだろう。
わしは言う。損じゃと。
命が惜しい。
ほなから、全身麻酔もせんし、戦争も反対じゃ。

ウクライナ大統領選挙、来年の五月
ロシアの大統領選挙、来年の三月
戦争勝たないと選挙負けるというので、
ゼレンスキー、プーチンあせっとる。
二人とも、国民の命より選挙を重視しとる。
両方の国民も惑わされたら、あかんじょ。
人殺し、建物どれだけ破壊したか
多い方が、戦争勝つんじゃ。
戦争犯罪ということを、だれも言わん。

わしはぼけとらん。

この女の人だれで?
え! 加山みどり? 聞いたことあるなあ。
この人、おしめの世話してくれたと言われても、しらんなあ。
とにかく、わしは損なことはだまされんけん。
戦争やめさせること、見舞いにくるのもええけんど、
戦争やめさせるよう、運動しなはれ。
命、救いなはれ。

 

 

還暦  赤井紫蘇

お母さん
いつも晩ごはん作りながらビール飲んでる
ピアノ教室の帰りは近くまで迎えに来てくれる
あんたなんか望んで生んでないとか言う
お母さん

殴ってやろうと思って肩を押したことがある
その時の顔ときたら目を石のようにして
どうせあんたもと念仏のように唱え始める
そりゃずるいよお母さんあなたも同じことしたじゃない

お母さん?
記憶の中のお母さんはもう小さな娘になってる
そこで何をしているの? 愛してくれる人を待っているの
誰が迎えに来てくれるの? ひとり電車に揺られ

お揃いで買ったキーホルダーをすぐになくすお母さん
アル中の元夫の誕生日を今も銀行の暗証番号にしている
60才の誕生日おめでとう
還暦だから0才からやり直せるんだとケラケラ笑う
何回子どもになるつもりだ

あなたが僕の子どもになってもベランダに追いやったりしない
酒好きの男と夜遊びしたりもしない
赤いチャンチャンコは着ないんだって
今は隣にいてストーブで餅を焼いている
暗闇で手を広げて笑ってる割烹着に
飛び込んだ時の匂い

あんたの子でよかったかは分からないけど
我々は似たもの親子らしいよ
私が死んだら骨は海に捨てろというお母さん
それはどうかな

 

 

亜熱帯の少女  まだらめ三保

亜熱帯の少年に逢いたい
やせぎすでオリーブ色の肌に
遠くを見ている茶色の瞳の男の子に逢いたい
部活のことも模擬試験のことも
何にも知らない子
あたしがNの悪口を言ったことも
Sがあたしの胸がぺちゃんこだって
言いふらしてることも 何にも知らない子
D先生がこっそりEにメール出してることも
何にも知らない子
その子の隣にすわって
黙って一緒に海を見ていたい…
なーんて思ったけど
今そういう「亜熱帯の少年」て いるのかな
十九世紀の理想郷には いるかもだけど
なんか ちょっと 我ながら
「亜熱帯」を下に見てる感じだよね
「亜熱帯」には二十一世紀の問題が
何にもないって決めつけてるみたいな
ピュアで くったくのない
「汚れのない」子がいるみたいな

今どき問題がないところなんて あんの?
エベレストのてっぺんは
うんこでいっぱいらしいし
アメリカじゃ 子どもが銃で
がんがん殺されてるし ま
ゴロ合わせしてる場合じゃないけどさ
日本じゃ そのうち
子どもがひとりも いなくなるよ
あんまり子どもがめずらしくて
マジで「宝物」になっちゃったりして

「世の中」っていつでもこんな感じだった?
あたしの「世の中」と
今 ロシアに爆弾落とされてる
ウクライナの瓦礫の中で
おもちゃのカエル探してる子の「世の中」と
インドのカシミールで
山羊の世話をしてるおじさんの「世の中」は
同じじゃないとは思うけど

おかあさんが前に言ってた
あたしが生まれる時 陣痛が始まって
お腹がくそ痛くって泣きたかったけど
おそらく 遅くとも二十四時間後には
すべて終わってるだろうと思って
これは一生続くわけじゃない
終わりが来るんだって考えて
乗り切ったんだって
大っきい「世の中」の問題に
終わりが来るか わかんないけど
学校行ってるあたしの「世の中」は
どんなに嫌でも一生続く訳じゃないよね?
「トンネルを抜ければ 光が見える!」
かもだよね とか言って切り抜けたいけど

やっぱり「亜熱帯の少年」に逢いたい
隣にすわって 黙って一緒に海を見ていたい
そしたら あたしも「亜熱帯の少女」

 

 

●評論部門佳作
水埜正彦  石垣りんと戦後民主主義

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