後藤光治「潮騒の村」

後藤光治「潮騒の村」

潮騒の村  後藤光治

海沿いの村が寝静まっている
入り江には潮が満ち
月光が一本の光の道を作っている
浪が返す度に光はゆらめき
潮が騒ぎ海が鳴る
潮騒は風に乗り
星の煌く暗い夜空を抜けて
家屋の中へ侵入し
枕に横たえた村人の頭蓋を満たす

一日の仕事に疲れた人々は
頭蓋の中の潮のざわめきの中で
今日を反芻し 明日を思い煩う
そうやって幾世紀も生きてきた
そのせいか行き交う村の人々は
海の息吹に満ちている
深い皺が彫られた老人の顔は
夕焼けの海そのものだ
潮騒は頭蓋に棲みついている
遠く故郷を離れても
目を閉じると
頭蓋の中で海鳴りがし砂浜を波が返す
すると行き場のない郷愁に捉われる

死者は土葬の墓地に葬られる
土の中で屍体が朽ちていき
潮騒が頭蓋を抜け出ていく
抜け出て辺りを埋めつくし草木を覆う
それゆえ墓地も海の息吹で満たされる
海の息吹の中で
蟋蟀が鳴き梟が寂しく鳴き交わす
海の潮騒に山の潮騒が呼応して
村はさながら巨大な海の渦である
何の変哲もないありふれた村
歴史に顔を出すこともなく
一人の偉人も生むこともなかった
それでも凛として息づいている
海沿いの私の育った村だ


〇表彰を受けて

この度は、投稿欄の最優秀賞に選んでいただき誠に有難く、恐縮しております。
詩作を始めたのが投稿と、各種詩賞への応募がきっかけでした。地元の宮崎日日新聞には、二年間、一週も欠かさず投稿し、「詩人会議」と「詩と思想」にもほぼ毎月投稿してきました。その意味で、今回の受賞は、一際、感慨深いものがあります。
詩作を続けるにあたって、最も困ったのは、身近に、書いた詩を評価し、添削してくれる指導者がいなかったということです。そんな時、選者の方々の心温まる選評は有り難く、詩作を続ける心の支えとなりました。本当にありがとうございました。


〈略歴〉
後藤光治
一九五二年宮崎県生まれ。宮崎市在住。約三〇年間、中学校に奉職後退職。みやざき文学賞、宮日詩壇賞、「詩人会議」新人賞佳作等を受賞。二〇一八年三月、第一詩集『松山ん窪』(鉱脈社)を上梓。

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