北川ただひと 「研ぐ」

北川ただひと 「研ぐ」

研ぐ  北川ただひと

砥石を行き来する
錆びた肥後守
力をいれて研げば
錆が茶色に溶けていく
油断などとはいうまい
忙しさにかまけたともいうまい
ほかでもない わたしが招いた錆だ

外の世界にふれ 錆は生まれる
生まれたくて生まれたのではない
代用の効く世界では使い捨てが美徳だ
かけがえのなさはすぐに忘れ去られる
そのすき間に錆がまかれ はびこる
必然なのに さも偶然のように

落とすたびに
化身の錆は抵抗する
おれを落としてどうするのだと
おれはおまえではないのかと
わたしの腕が応える
おまえが好む忘却と依存を落とすと
わたしの錆ついた問と答を落とすと

固い砥石でさらに研げば
肥後守が催促してくる
研ぐ者の矜持を見せてやれ
研いだことばで
歴史をつないでいけ

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