自由のひろば 2025年7月号

自由のひろば 2025年7月号

マスク人間(Ⅳ)  石木充子

「街ん中じゃあマスク人間がまだ一杯おった はあコロナも何も流行っとらんのに わしもじゃが皆んなどしてマスクを外さんのかいのう」
「マスクは温(ぬく)いけぇ それに顔を半分隠してくれるし 便利でええんよ」
「それだけかのう 何か他に訳があるような気がする」
「うーん よう分からん マスク人間は無表情じゃけ 何考えとるか気味悪う思える時があるよ」
「同感〳〵」

「この状態が始まってからもう長(なご)うなるが いつまで続くんじゃろ このままじゃあ人間の心と体のどこかがおかしゅうなる気がせんか」
「そう言やあ聞いた話じゃが 与那国島のヨナクニサンいう蛾は大昔にゃ口があったのに 今じゃ退化して失(の)うなってしもうたんじゃと」
「へえー そがあなことがあるんか ほんまなら えべせえのう(*)」
「そこまで大事(おおごと)にゃあならんけど 人間も知らんうちに心のどっかが変わっていくような気がする」

「思い切って わしらぁマスクを外してみるかの」
「ほうよねぇー ほいじゃが また皆んなマスクを外してないけぇ うちぁあ もちいと付けとくよ」
「ほいじゃあ わしも まだ当分付けとこ」
*「えべせえ」は広島弁で「恐ろしい」

●選評

選評=渋谷卓男
この詩の良いところは、マスク着用の裏に潜む横並び意識を、会話を通すことで効果的に風刺している点です。ただ、会話のみが続くため冗長な印象があり、読んでいて少し飽きが来るように思います。もう少し削った上、会話以外の描写を加えるなど、変化を付けてもいいかもしれません。

選評=中村明美
方言が温かく、一気に読ませる。コロナ以降の、会話を避ける傾向と同調意識が問題提起されるが、それだけではない。議論を尽くさず、性急に力での支配に傾斜する世界へ、柔らかく抗う姿勢。この手法は一枚上手で有効。

選評=横山ゆみ
落語のような面白さに加え、現在のマスク社会の矛盾と懸念を端的に指摘した構成も素晴らしかった。特に最終連には同調圧力の威力がありありと映し出されており、もし私が今も所属組織等の圧力で不本意なマスク生活を続けていたなら、楽しく読めなかっただろう。民衆支配という点では、この同調圧力の利用が権力者の得意戦術の一つでもある。それをどう克服するか、あらためて考えさせられた。

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